社寺跡・旧境内

社寺跡・旧境内

Update:

かつて社寺や境内があった場所からは日本の歴史を感じることができる。

社寺跡、旧境内とは?

「社寺」とは、神社とお寺のこと。「境内」とは、神社やお寺が管理する敷地のことである。それら建物の址を社寺跡、寺などがあった場所を旧境内という。

社寺が滅びた理由(1) 人災

お寺や神社が滅びてしまった一つの理由は人災である。火災によって焼け落ちてなくなってしまうケースが多い。神奈川県鎌倉市にあるお寺「永福寺」は現在、ススキが広がる原っぱになっている。

社寺が滅びた理由(2) 政策

近代化を目指す政府が行った政策「廃仏毀釈」で、多くのお寺や神社が壊された。神道を国の宗教にしたかった政府は、国外から伝えられた仏教を排斥した。仏教に関わる財産や地位なども剥奪された。

社寺が滅びた理由(3) 反抗運動

当時の権力者に対抗する活動で、多くの建物が破壊されてしまった。戦国時代、仏教のある一派が起こした抵抗運動を「一向一揆」といい、その被害が社寺にも及んだと考えられる。

社寺跡、旧境内を訪れる意義

現在は野原やビル群が立ち並ぶオフィス街の一角も、実は社寺跡や旧境内だというケースもある。そんな背景を知れば、時代の流れと歴史の変化を体感することができるだろう。

※記事掲載時の情報です。

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