ユネスコ世界文化遺産にも登録されている富士山。標高3776メートルで、日本一高い山としても有名ですね。そんな富士山には、意外と知られていない数々のトリビアや秘密があることをご存じでしょうか。「赤富士は縁起がいいといわれる理由」や「本栖湖のUMAモッシーの正体」など。ここでは、そんな富士山をもっと好きになってもらうための秘密を紹介していきます。
【富士山の秘密1】 富士山は「不二山」や「不死山」「不尽山」と呼ばれていた?
富士山の名前については、昔からさまざまな表現がされています。有名なものとしては「他とは比べようがない」という意味の「不二山」。竹取物語に出てくる不老不死の秘薬を富士山の山頂で焼き払ったという言い伝えから「不死山」や、山頂の雪が永遠になくならないといわれていたことから「不尽山」などとも呼ばれていました。このように富士山の名前の由来については諸説ありますが、確定的なものはないようです。
【富士山の秘密2】 赤富士は縁起がいいといわれる理由とは?
夏の終わり頃から秋のはじめの時期に朝日で照らされて、富士山が赤く見える現象を「赤富士」といいます。そんな赤富士は、一年のうちでもごく限られた時間にしか見ることができないことから「縁起がいいもの」として扱われており、商売繁盛や願いが叶うと信じられています。また赤富士については「陣痛中の妊婦さんが描いた富士山を持っていると妊娠しやすくなる」というジンクスもありますよね。
【富士山の秘密3】「どっこいしょ」は富士山からはじまった?
重いものを持ち上げたり、座っている状態から立ち上がったりするときに出るかけ声「どっこいしょ」。このかけ声は、富士山がはじまりだといわれています。富士山は歴史的に日本人の信仰の対象として扱われていました。そんな霊山である富士山に登るとき、信者たちは「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」と唱えながら山頂を目指したそうです。
六根とは、人が備えている六つの感覚「目」「鼻」「耳」「舌」「身」「意」のことを指します。これらを清らかなものにしようと祈る六根清浄が、なまって「どっこいしょ」と聞こえたことがはじまりだといわれています。
【富士山の秘密4】本栖湖のUMAモッシーの正体とは?
1970年代、山梨県本栖湖ではUMA(未確認生物)の「モッシー」がたびたび目撃されて、話題になりました。モッシーは、体長30メートルほどで背中にはいくつかのコブがあり、ワニのようなゴツゴツした体をしていたという話も。そんなモッシーの正体については、現在でも明らかになっていません。
諸説ありましたが、最も有力視されているのが、当時本栖湖で放流していたチョウザメが巨大化したものではないだろうかというものです。本来、チョウザメは目撃情報にあるほど大きくなりません。しかし、本栖湖で独自の成長をした結果、通常のものとは比較にならないほど巨大化したではないだろうか、と推測されています。
【富士山の秘密5】富士山は日本で一番目に高い山ではなかったことがある?
日本で一番、高い山といえば誰もが富士山と答えるでしょう。しかし、実は富士山が日本で一番高い山ではなかったときがありました。それは1895年から1945年の間、日清戦争後の下関条約で台湾が日本の領土だったときです。
台湾には「玉山」という標高3952メートルの山があり、富士山の3776メートルよりも若干、高かったのです。当時、玉山は日本領土下では富士山よりも高いということから「新高山」と名付けられていました。
※編集注:初出時、「富士山が二番目に高い山だったことがある」と記載していましたが、台湾には玉山以外にも富士山よりも標高が高い山があります。お詫びして訂正いたします。
【富士山の秘密6】富士山が日本初のスキーの地って本当?
ウィンタースポーツとしておなじみの「スキー」。今では多くの人が冬の時期になると、各地のスキー場で楽しんでいますよね。そんなスキー発祥の地が富士山だということをご存じでしょうか。
1911年に「日本スキーの父」ともいわれているオーストラリアの軍人テオドール・エドラー・フォン・レルヒ少佐とエゴン・フォン・クラッセルが、富士山の9合目からスキー滑降したのが、日本のスキーのはじまりだと記されています。このときの出来事から富士山の5合目には、現在でも日本初のスキーを記念する碑が立っています。ちなみに日本人初となる山頂からの滑降は、1935年に筧弘毅と勝田甫が成し遂げました。
【富士山の秘密7】富士山の山頂は私有地だった?
富士山といえば、静岡県と山梨県をまたぐ位置にあることから、その所有権についてたびたび議論されています。現在では多くの人が「富士山は国が保有しているもの」と考えているのではないでしょうか。しかし、実は富士山の8合目以上の山頂は国や県ではなく、全国に1300以上あり、富士山本宮浅間大社が保有している私有地です。
1871年、明治政府が一時期、富士山を国有化します。戦後、全国の国有地がそれぞれの寺社に返還されていきますが、富士山の山頂だけは国有化されたままでした。そのため、浅間神社と国の間で裁判が起こり、1974年に所有権が神社側にあることが認められ、2004年に正式に返還されました。
【富士山の秘密8】富士山は現在も活火山に選定されているの?
夏の登山シーズンは、例年多くの登山者が山頂を目指している富士山。そんな富士山が、実はまだ「活火山」ということをご存じでしょうか。
富士山は最後に噴火してから300年以上が経過しており、一時期は「休火山」という扱いでした。しかし、1960年頃に気象庁が噴火の記録のある火山をすべて活火山と呼ぶことにしました。それ以降、富士山は活火山という扱いになったのです。活火山の定義については、2003年に火山噴火予知連絡会により「概ね過去1万年以内に噴火した火山及び現在活発な噴気活動のある火山」と定義し直されましたが、富士山は現在も活火山として、選定されています。
【富士山の秘密9】女性ではじめての富士山登頂者は男装していた?
現在では男女問わず、多くの人が登山している富士山。しかし実は1872年まで女人禁制の山であり、女性は2合目までしか登ることが許されていなかったそうです。当時、富士山には多くの信者が修行のために山籠もりしており、女性は妨げになるため禁止されていたみたいですね。そんななか、「高山たつ」という女性がどうしても富士山の山頂に登りたいという強い気持ちから髪を切り、男装して挑んだそうです。
1833年にたつは5人の男性と共に無事、山頂に達し、女性ではじめての富士山登頂者として言い伝えられています。その後、たつは男女平等を訴えて、女性が富士山を登山できるようになることを目指しました。
【富士山の秘密10】富士山にはじめて登った外国人はだれ?
富士宮市の村山浅間神社観光案内所周辺にある「ラザフォード・オールコック」の記念碑をご存じでしょうか。オールコックは、はじめて富士山登頂を達成した外国人といわれています。当時、英国初代公使だったオールコックは、1860年に愛犬と100人の護衛をつけて登山にチャレンジして無事、登頂を成し遂げました。このときのことはオールコックの著書「大君の都」にも書かれています。ちなみに外国人女性初の富士山登頂は、1867年にハリー・パークス婦人が達成しています。
いかがだったでしょうか。富士山は昔から日本人の信仰の対象にもなっており、数々の伝説や言い伝えがたくさんあります。今回は、そんな数ある富士山の秘密のなかから一部を紹介しました。しかし、ここで紹介したものはまだまだ一部にすぎません。もっと富士山のことを知ってもらい、今まで以上に興味や関心を持ってもらえたら幸いです。
ライター
株式会社ダリコーポレーション
人事・労務・法務・キャリアジャンルなどの硬めのジャンルを中心に手がけているライター。コラム記事をメインに作成している。
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