フランスにある世界的タイヤメーカー・ミシュラン社で社長室長を務め、『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』の制作にも携わった森田哲史さん。フランスで長く暮らし欧米人の友人も多い彼は、日本人の気づいていない日本の魅力を欧米人の視点から教えてくれます。そんな森田さんと共に日本の魅力を探す旅、「カルチャーウォーク」の第6回目。今回は新宿から西に約15キロ、東京・多摩地区の調布市と、そのお隣にある府中市を訪ねます。
本日の集合場所は京王電鉄の調布駅。新宿から特急で約14分、準特急で約17分という距離にあります。
今日の森田さんのパートナーは、ニューヨーク出身のティモシーです。
■水木しげるが暮らした街・調布の天神通り商店街でゲゲゲの鬼太郎に遭遇
森田さんとティモシー、まずは調布駅付近をそぞろ歩くことに。
あるビルに、水木しげるが描いた妖怪、ゲゲゲの鬼太郎たちの姿を発見しました。
森田:「日本の妖怪に興味あるかい?日本では昔から不思議なことが起こると妖怪のしわざだと言われていたんだけど、その妖怪の姿をマンガとして描いて、世に広めたのが水木しげるという漫画家なんだ。彼は調布に50年以上暮らしていたんだ。それで、街のあちこちに彼の代表作である“ゲゲゲの鬼太郎”のキャラクターたちが潜んでいるんだ。この天神通り商店街にも妖怪のモニュメントがたくさん置かれているよ」
森田:「このポストは妖怪ポストの形をしてるね。困ったことが起きた時に妖怪ポストに手紙を入れると鬼太郎が助けに来てくれるんだよ」
ティモシー:「日本に来た時は妖怪ってなんだろう?って思ってたけど、西洋で言う『妖精』みたいなものですよね」
森田:「西洋では特にケルト文化なんかに出て来るよね?妖怪を信じるバックグラウンドにはアニミズムがあって、この時代に作られた世界観が、日本人の基盤の重要な一部分になっていると思うよ」
天神通り商店会
〒182-0024 調布市布田1
最寄駅:京王電鉄 調布駅
■宣教師・教育者として日本の教育の発展に尽力した尊者・チマッティ神父の功績を知る
天神通り商店街を抜けた一行は、「調布ヶ丘交差点」バス停から調布市ミニバスに乗車しました。
バスの行き先表示には英語表記もあり、外国人観光客にも利用しやすくなっています。
「武蔵野市場」で下車し、徒歩でサレジオ神学院の中にある「チマッティ資料館」を目指します。
森田:「このチマッティ資料館は、1926年にカトリックのサレジオ修道会に属する宣教師としてイタリアから日本にやって来たヴィンチェンツォ・チマッティ神父に関する資料館なんだ。1926年というと、今から100年近くも前、昭和元年だよね。その頃に、日本のサレジオ会の礎を築いた人物なんだよ。今日は資料館の館長でもあるガエタノ・コンプリ神父にお話をうかがおう」
案内をしてくださるコンプリ神父は、1955年に来日。チマッティ神父の遺されたサレジオ神学院で、チマッティ神父の軌跡を広く伝えるために、精力的に活動されています。
日本居住歴63年ということで、実は森田さんが生まれる前から日本に長く暮らしている、日本語も堪能で、ユーモアに満ちた神父様です。
まずは資料館の一階にある部屋で、チマッティ神父の功績や思い出などをお聞きすることになりました。
森田:「チマッティ神父は音楽家でもあるんですよね。チマッティ神父の作曲されたオペラ『細川ガラシャ』、とても良かったです」
コンプリ神父:「そう。彼は音楽家で950曲も作曲をしているんです。僕の後ろにあるキャビネットには、その楽譜が入っているんですよ」
森田:「彼には教育者という側面もありますよね。イタリアでももともと教師をされていたとか」
コンプリ神父:「ドン・ボスコが興したこのサレジオ会は、国際教育団体でもあるんです。世界132ヵ国で学校経営や出版などを手がけています。昭和の始め頃、日本ではまだ一般庶民の子どもたちに教育が行き届いていなかったんですね。サレジオ会では庶民が生きていくための教育を重視していますから、工業、商業を学ぶ学校を作ったんです。1933年には宮崎神学校(後の日向学院)、1934年には東京育英工芸学校(後のサレジオ工業高等専門学校)を作っています。キリスト教徒に限らず、その国の子どもたちの暮らしをよくするため、教育事業を行ってきました。チマッティ神父は83歳になる1962年まで、このサレジオ神学院で院長を勤めていたんですよ」
森田:「1926年に日本に来られて、1965年に86歳で亡くなられるまで、調布に15年暮らしていたそうですね」
コンプリ神父:「この調布サレジオ神学院が出来てからはこちらで暮らしていました。彼の暮らしぶりや、教育活動がわかる資料を2階に展示しています」
コンプリ神父:「このステンドグラスは、3歳のチマッティ神父が母親に抱き掲げられ、説教をするドン・ボスコを見ている様子を描いています」
コンプリ神父:「日本での教育のために、彼は化石や鉱物など、数多くの自然科学の標本をイタリアから取り寄せました。同じように、日本の自然物の標本も、イタリアに送ったりもしていたんですよ」
コンプリ神父:「実はチマッティ神父はあのムッソリーニと同じ学校で学んでいたんです。ムッソリーニの2学年先輩になるんですよ。ムッソリーニから寄贈された書物もここにあります」
コンプリ神父:「これは昔の聖書ですね。1500年代に書かれたものや、1717年にオックスフォードで印刷された英語の聖書、1734年にヴェネチアで作られた羊皮紙で装丁された聖書もありますよ」
森田:「これだけ集めるためには、よほどの資金が必要だったのでは?」
コンプリ神父:「チマッティ神父は日本に来る前にイタリアで教師をしていたんですが、その頃の教え子たちが後に社会的に成功し、多くの寄付をしてくれたそうです」
森田:「日本の教育のために、イタリアの人たちが寄付をしてくれていたんですね。そうやって日本にも教育が広がり、近代化を進めることができたのでしょう。チマッティ神父はお亡くなりになるまでずっと、日本の教育に貢献し続けてくださったんですね」
コンプリ神父:「1965年に86歳で亡くなったんですが、サレジオ会・そして日本の教育のために身を賭して尽くした彼は“尊者”と認められています。我々は彼をさらにその一歩先の“聖人”として列福させて欲しいとバチカンに働きかけているところです。今、彼の遺体は神学院の地下聖堂にある大理石の棺の中で眠っているんですよ」
森田:「今日は貴重なお話をありがとうございました」
コンプリ神父:「また来てくださいね」
最後に三人で記念撮影し、コンプリ神父はお仕事に戻っていかれました。
森田さんとティモシー、チマッティ神父の高潔な生き方、そして保管されていた貴重な資料の数々に大いなる感銘を受けたようです。
森田:「資料のすべてをじっくり見せてもらうには、もっと時間が必要だね。数多くの宣教師たちが日本に残してくれたこと、またその宣教師の教え子達が日本での事業のために寄付をしてくれていたことなども、日本人が知っておくべきことだよね」
チマッティ資料館
〒182-0033 東京都調布市富士見町3-21-12 サレジオ神学院内
最寄駅:京王電鉄 調布駅
バス停「武蔵野市場」/「富士見町住宅」
TEL:0424-82-3117
■くらやみ祭りから、縄文時代、武蔵野の街並みまで。「府中市郷土の森博物館」で府中の歴史を辿る
さて、「チマッティ資料館」を後にした一行は、京王線の調布駅に戻り、分倍河原駅に向かいます。京王バスの郷土の森総合体育館行きに乗り、「郷土の森正門前」で下車。「府中市郷土の森博物館」へやって来ました。
「府中市郷土の森博物館」の敷地は、約14万平方メートル。広い敷地内に博物館、プラネタリウム、公園、古い商家などを移築した復元建築物などが配置されています。
博物館の常設展示には府中の歴史・民族・自然をテーマとした豊富な実物資料のほか、ジオラマ模型や映像などで、府中の歴史・風土に親しむことができる施設です。
森田:「この郷土の森博物館では、石器時代から現代までずっと人が住み続けてきた武蔵野の地の歴史を知ることができるんだ。府中の大國魂神社で中世よりずっと続いている祭の“くらやみ祭”を紹介する展示や、石器時代から、西暦700年頃の大和朝廷の時代に府中にあった古代国府に関する展示などが、わかりやすく展示されているんだよ。この展示も素晴らしいけど、館内の庭園や建築物、園内にある茶室の「梅欅庵(ばいきょあん)」など、外国人観光客にとっても興味深い施設が揃っているんだよ」
ティモシー:「石器時代からというのはすごいですね。アメリカは250年くらいしか歴史がない国だから、この歴史には畏れを感じますね」
森田:「石器時代の途中、約1万5,000年前から約2,300年前くらいまでを日本では縄文時代と呼ぶんだけど、この縄文時代は1万3千年も続いたんだ。1万3千年の間、狩猟採集民たちが暮らし続けてきたという背景を持っていることが、日本の最大の魅力の一つだと思うよ。この間に作られた世界観が、アミニズム信仰などの日本人の基盤を作っているのだろうね」
この郷土の森博物館の『くらやみ祭』コーナーでは、府中で中世より続いている祭「くらやみ祭」について知ることができます。この「くらやみ祭」は毎年4月30日から5月6日にかけて大國魂神社で行われる大切な行事です。
入り口には色鮮やかな花萬燈が展示されており、奥には大太鼓・山車(だし)なども見ることができます。展示室内には大きなスクリーンがあり、祭の歴史や背景、祭を支える人々についてしることのできる映像をマルチビジョンで上映されます。
ティモシー:「まず品川沖の海水を汲んで来るところから祭が始まるっていうのが面白いな」
森田:「その海水と稲藁でご神体の鏡を磨く儀式があるんだ。塩作りと稲作りの重要さが分るのと、海の民と山の民の調和を意味しているのかも?なんて考えるのも楽しいよね」
『ムラのはじまり』コーナーには、市域で見つかった旧石器・縄文・弥生・古墳の各時代の遺跡の出土品が展示されています。中央には約1万1000年前の縄文時代早期の集落が模型で再現されており、縄文人の営みをうかがい知ることができます。
森田:「川では魚が採れて海にも近く、木々も豊かで鹿やイノシシなども豊富なこの土地で、狩猟採集民たちが定住生活を始めたんだよ。その後、鉄作りや稲作などの新技術を持った人たちが大陸や朝鮮半島から日本に渡来し、弥生時代には稲作文化が広がっていったんだ」
ティモシー:「水があって、森があって、野原があって、良いところですね」
森田:「だから人々が集まり、ここが重要な場所になっていったんだね。そして古代の国府がここに置かれることになるんだ」
『古代国府の誕生』コーナーには、西暦700年頃にこの武蔵の地に置かれた“国府”についての展示が、ジオラマや映像などとともに展示されています。
森田:「農業が始まると各々の集団に貧富の差が生じて、争いの末に豪族たちが現れたんだ。有力地方豪族たちは奈良盆地にその勢力の中心を置く大和朝廷を連合で作り、天皇を中心とする王権に統一されて日本国の基礎が出来上がっていくんだ。そして大和朝廷は、日本列島の各地への支配を強化していき、地方の主要な場所を地方行政府として“国府”としたんだね。それぞれの国府の中心地には“国衙”という施設が建設されたんだけど、府中には武蔵野国の国衙が置かれたんだ。その国衙の遺跡は府中市の大國魂神社付近にあるんだよ」
ティモシー:「このジオラマがその国衙を再現しているんですね」
森田:「8世紀、奈良時代の日本の様子をこれほど正確に再現したジオラマは他では見られないと思うよ。これを見るだけでも十分にここに来る価値があるんじゃないかな」
ティモシー:「この時代の庶民の暮らしを描くショートフィルムも面白いですね」
森田:「『宿場のにぎわい』コーナーには、甲州街道の宿場町として栄えた府中の江戸時代末期の様子を再現したジオラマ模型があるんだ。高札場を約65%に縮小して再現しているんだよね。ここに常に掲げてある高札が、キリスト教禁制についてというのも興味深いね」
各展示コーナーを見て回った後は、博物館の建物を出て、園内に移設されている江戸後期から明治にかけての建築物を見学に。府中宿の大店だった旧田中家住宅と旧島田家住宅など、江戸時代後期から明治、大正、昭和初期に建てられた建物が移築されています。
旧田中家住宅の中にある茶室「梅欅庵(ばいきょあん)」では呈茶のサービスが行われており、400円で抹茶とようかんなどの和菓子をいただくことができます。
ティモシー:「歴史のある日本家屋の中に入れるのが良いですね」
森田:「こうして博物館と庭園と昔の建物を移築保存してあるのは素晴らしいよね。今日はあいにくの雨で庭園をゆっくり散歩できないけど、雨の情景もまた風情があっていいよね」
ティモシー:「はい、日本にいるっていう実感があります」
府中市郷土の森博物館
〒183-0026 東京都府中市南町6-32
最寄駅:分倍河原駅
バス停「郷土の森正門前」
TEL:042-368-7921
■永きにわたり武蔵野国を守護し続けてきた総社「大國魂神社」
お抹茶と和菓子で一息ついた森田さんたち、次は大國魂神社に向かいます。
この大國魂神社は、大國魂大神[おおくにたまのおおかみ]を武蔵国の守り神として祀る神社で武蔵国の総社でもあります。郷土の森博物館の『古代国府の誕生』コーナーで見た武蔵国の国府跡に建立されており、現代でもくらやみ祭や厄除などで、府中近辺の市民から親しまれています。
森田:「大國魂神社の境内には大國魂大神以外にも多くの神様が祀られているんだ。弁財天を祀る巽神社や徳川家康公を祀る東照宮、海の神様・伊邪那岐尊(いざなきのみこと)を祀る住吉神社に、武運の神様・大鷲大神(おおとりのおおかみ)を祀る大鷲神社、安産・芸能の女神である天鈿女命(あめのうづめのみこと)を祀る宮乃め神社などがあるんだ」
ティモシー:「いろいろな神様がいるんですね」
森田:「中でも面白いのは、水の神様である水波能売命(みずはのめのみこと)を祀る水神社や、醸造と開拓の神様である大山咋命(おおやまくいのみこと)を祀る松尾神社だね。府中は水がおいしいとされ、日本酒が作られていたり、サントリーのビール工場などもあるんだよ」
森田:「高札場の方に行ってみよう」
ティモシー:「ここが高札場なんですね。この辺りは、昔から府中の中心地だったんでしょうね」
森田:「ここに幕府からのおふれなどが掲げられて、みんなが見ていたんだよ」
大國魂神社(おおくにたまじんじゃ)
〒183-0023 東京都府中市宮町3-1
最寄駅:京王電鉄 府中駅
TEL:042-362-2130
■府中の地酒を思う存分堪能できる、「中久本店」&「蔵カフェ」
大國魂神社を出た森田さんとティモシーは、神社から直ぐ近く、高札場の向かいにある日本酒店「中久本店」へお邪魔することに。
こちらの中久本店は1860年創業の造り酒屋。府中の地酒としても知られ、“國府鶴”(こうづる)という日本酒などを作っています。
以前はこの店舗のある場所で酒造りをされていたそうですが、今は酒造は別の場所で行っており、こちらの店舗では販売のみとなっています。
歴史を感じさせる店舗は、以前、民家として利用されていた建物を改築したものだそう。どっしりとした太い柱が、酒瓶がずらりと並んだ建物をしっかりと支えています。
ティモシー:「日本酒が大好きなので、これだけ並んでいると興奮します!」
目を輝かせるティモシーに、お店の方は試飲を勧めてくれました。
お店のご厚意に甘えて何種もの日本酒を試飲するうちに、ティモシーの顔はどんどん赤くなっていきました…。
中久本店の隣には中久本店で扱っている日本酒なども飲める「蔵カフェ」があります。一日、調布と府中を歩き回った森田さん、疲れを癒すために休憩することに。
店内には、日本酒や酒粕を利用したメニューの他、コーヒーなども用意されています。
カフェオーナーの自家製チーズケーキは、日本酒や酒粕ラテにもあう、マイルドで優しい味。隠し味としてブランデーが入っているそうです。
森田:「酒粕ラテ、オリジナリティがあって美味しいよ。甘酒をミルキーにした感じだね。日本酒とチーズケーキは合う?」
ティモシー:「良く合いますよ。素敵なカフェで日本酒も飲めるなんて、最高です!」
森田:「酒造りに縁のあるこの府中の地のぶらり散歩を締めるには、日本酒が飲めるこのお店がぴったりだったね(笑)」
この後、ティモシーはしっかりと国府鶴のたんれいをお買い上げ、お持ち帰りしておりました。
中久本店
〒183-0022 東京都府中市宮西町4-2-1
最寄駅:京王電鉄 府中駅
TEL:042-362-2117
古くから武蔵野国の中心地として栄えてきたこの府中、そして調布をめぐる旅。石器時代から万葉の時代、江戸時代、そして現代と、この土地の変遷や外国からの文化が入ってきて変化・発展していく様子を感じられた、意義深いぶらり旅になりました。
家と映画館(試写室)と取材先と酒場を往復する毎日を送る映画ライター、WEBディレクター。2001年から約8年、映画情報サイトの編集者をやってました。2009年に独立し、フリーランスに。ライターとしての仕事の他、Webディレクションなど、もろもろお仕事させていただいています。
※価格やメニュー内容は変更になる場合があります。
※特記以外すべて税込み価格です。
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