日本人も含め、多くの人にとって、日本の近代美術は「開かずの扉」のような存在なのではないかと感じています。浮世絵以降の美術史が存在しないような印象で、浮世絵から一気に現代の「マンガ」へとワープしてしまっているような感じすらします。
「MOMAT」という略称で知られる東京国立近代美術館は、そんな未知の近代美術の作品を数多く所蔵しています。MOMATでは、英語による鑑賞・異文化交流プログラム「Let’s Talk Art!」を2019年にスタートしました。早速、そのプログラムを体験してきた様子をレポートします!ライターの私が来日した理由のひとつが、日本の芸術に興味があったから。でも芸術に関しては、十分な情報を得ることができずにいたので、今回の取材執筆はとても楽しく充実したものになりました。
アートの第一線を行くMOMAT
日本初となる英語での対話鑑賞プログラム「Let’s Talk Art!」は、芸術について語り合いながら異文化交流ができるガイドツアーです。芸術ファンだけでなく、誰でも参加できるこのプログラムでは、世界各国からの参加者のインターナショナルな視点を聞くチャンスがあり、MOMATのすばらしいコレクションを通して日本のアートを楽しみながら深く知ることができます。
一般的なガイドツアーとは異なるこのプログラムでは、さまざまな文化圏からの参加者と一緒に作品を鑑賞し、感じたことを話し合い、シェアしながら作品を味わいます。
MOMATは、日本で最初の国立美術館で、皇居のすぐそばにあり、日本の文化において重要な美術品を所蔵しています。また、所蔵作品数は、重要文化財を含み1万3000点以上。日本屈指の膨大なコレクションを所有しており、多彩なテーマや切り口で展示内容を変えながら、日本の近代美術の100年の流れを紹介しています。
コレクションは20世紀初頭から現代までの近代美術がメイン。近代美術と聞くと、好きか嫌いか、超現実主義か抽象主義か、ということが頭に浮かぶかもしれませんが、伝統的な日本画から西洋の影響を受けたものまで、和洋両方の世界の傑作が展示されています。つまり、ジャクソン・ポロックが苦手でも大丈夫。誰もが楽しめる幅広いジャンルの近代美術作品が揃っているのです!
全ての人にアートを身近に感じてもらいたい!
外国人にとって、日本の近代美術は馴染みが薄いかもしれませんが、体験型の「Let’s Talk Art!」プログラムに参加することで、参加者それぞれの視点で作品を味わい、感想を語り合い、日本の近代美術を楽しく知ることができます。毎週金曜日に開催され、1時間に3作品を鑑賞。英語を話すことができる進行役がガイドを務めるのですが、本当の役割は、参加者の考えを引き出して、生き生きとしたディスカッションを展開すること。3作品は、その回のテーマに沿って選ばれており、私たちが参加したときは、「静と動」がテーマでした。「Let’s Talk Art!」は大学の講義とは全く異なり、作品に対する個人的な感想を軸に展開していきます。実際、今回も真面目なものから他愛のないものまで、アートとは関係ないさまざまな話題も飛び交いました。だから、あなたも心配無用。安心して思ったこと、感じたことを発言してみてくださいね!
さあ、Let’s Talk Art!
私たちのグループの進行役は、名古屋出身のサヤカさん。彼女の好きな芸術家は、日本画の先駆者で、MOMATにも作品が所蔵されている狩野芳崖。そして、参加者は私とLIVE JAPANの編集チームのティムとキャシーと、スタッフのクミコさん。ティムはニューヨーク出身で、ジャック=ルイ・ダヴィッドのような新古典主義が好きなので、MOMATがメインとして所蔵している作品のものより、少し前の時代のテイストが好み。ロンドン出身のキャシーは、アーティスト。趣味としてデジタルメディアで魔術的リアリズム主義の肖像画を描いています。そして東京出身で西洋画が好きなクミコさん。彼女は、特にフィンセント・ヴァン・ゴッホの表現力豊かな筆遣いが好みだそう。最後に、古典的な仏教彫刻、中でも運慶と快慶が好きな筆者・サミュエル。合計4人の参加者、そして進行役でプログラムがスタート!お気づきのとおり、このグループは、芸術の好みも出身地もさまざま。進行役のサヤカさんを除けば、近代美術に詳しいメンバーは一人もいません。
私たちは、できるだけ作品解説を読まずに、作品を見て思ったことをそのまま発言するように努めました。その詳細を以下でご紹介。ここで紹介し切れなかった会話もありますが、私たちが語り合ったことの概要はつかめるはず!
「雀に鴉」 菱田春草(1910年)
進行役:正解も不正解もありませんので、あなたの思ったことを発言してくださいね!では、始めましょう!
ティム:とても細かい部分まで描かれていることに驚きました。遠くから見ると、とてもシンプルですが、近くで見ると、スズメの羽根や木の枝に苔が描かれていることに気がつきます。また中心から少し離れた所にいるカラスは、黒い塊のようです。
クミコ:静けさを感じる一方で、カラスがスズメを脅かしているようにも見えて、今すぐスズメを助けてあげたい気分です!
キャシー:私は逆の印象を受けました。スズメは木に守られているように感じます。屏風が二つに分かれているので、静かで平和な雰囲気を感じます。
サミュエル:何も描かれていない空間がたくさんあることに気がつきました。特に、作品の中央部分です。西洋では、中央に主題を描く傾向があります。この作品は、近代美術ですが、とても伝統的な作品に見えます。1910年以前のものかと思いました。
「南風」 和田三造(1907年)(重要文化財)
ティム:この作品は最初の作品とだいたい同時期に描かれ、西洋画の影響を強く受けていますね。この画家は、古典的な西洋画と印象派の勉強をしたのだと思います。背景を見ると、「日本」に見えます。西洋人が日本の沖を航海している様子を描いたのだと思います。
進行役:正解、不正解はないと言いましたが、ティムさんの考えは正解です!
サミュエル:描かれた当時は、まだ日本では珍しかったはずの油絵具が使われています。描かれている人物は西洋人で、マンガのようにかなり誇張されて描かれています。中央にいる筋肉隆々の人物は、仏教寺院の仁王像のように見え、そこに日本の要素を感じられます。
キャシー:私は、男性の筋肉に、ただただ圧倒されました!同時代に、さまざまな描き方があり、日本画と西洋画が共存していることに驚いています。光の描き方がとても美しいです。影だけを見ても、描き方の技術の高さを感じられます。
クミコ:描かれた時期を考えると、中央の男性は当時の西洋文化の強さを象徴しており、いかに日本が西洋文化を尊敬していたかを表わしていると思います。人々が西洋を目指していて、画家も西洋と同じように油絵で描いてみたかったのだと思います。
「女」 荻原守衛(1910年)
進行役:では、こちらの作品を見て、何を感じますか?
サミュエル:ひとことで言うと、「不安」です。この女性は苦しそうで、窮屈な体制で不快に見えます。ブロンズの鋳込みも荒く、未完成な印象なので、美しいというよりも、鍛造したという印象です。土台もギザギザしているので、彼女を助けてあげたい気分になります!
ティム:とても不自然に見えますし、彼女の表情を見ているだけでは、彼女の気持ちが分かりません。落ち着いた気分なのか、痛みを感じているのか。その意味では、人の心をつかむ作品といえます。最初に見たときは、手錠をかけられているのかと思いました。
キャシー:私もそう思いました。作品の後ろを見ると、手錠はかけられていないけれど、彫刻の後ろ側が未完成で荒いことに気がつきます。この女性は、閉じ込められているか、鎖でつながれているように見えます。
クミコ:私には、この女性が変身している最中か、あるいは形のないものから形になっている途中のように見えます。もし、彼女が動いているなら、きっと自由になっていると思います。
MOMATの「Let’s Talk Art!」に参加しよう!
こうしてディスカッションを進めながら作品を鑑賞していきます。プログラムでは、自分が感じたことに加えて、参加者それぞれの異なる感想を聞くという貴重な体験ができました。もちろん、各作品の細かい解説やエピソードは、ガイドさんが説明してくれます。もし、日本の美術や文化について興味があるなら、ぜひMOMATで「Let’s Talk Art!」に参加してみてくださいね!
もちろん、ワークショップを終えたら、他のMOMATコレクションもじっくり鑑賞しましょう!各作品の解説を読みながら鑑賞するのではなく、作品を見て自分が感じたことを大切にしながら鑑賞すると、美術館や芸術作品をより深く楽しめるようになるはず。
「Let’s Talk Art!」は、日本の近代美術について英語で語り合えるめったにない機会なので、一人でも、友達と一緒にでも気軽に参加してみてはいかが?
近代美術の枠を超えて
今までは、MOMATの近くにあり、主に工芸品を所蔵する「東京国立近代美術館工芸館」が、2020年夏に工芸が盛んな地域として有名な金沢に移転・開館します。金沢へは、東京から北陸新幹線で、2時間半でアクセス可能。興味がある人はぜひ訪れてみて!
LIVE JAPANでは、今後も日本の国立美術館について詳しく紹介いたしますので、お見逃しなく!また、「Let’s Talk Art!」の詳細は、以下でチェックしてくださいね。
展覧会会期・休館日等は変更の可能性があります。
最新の開館情報は美術館ウェブサイトでご確認ください。
・日本の国立美術館についてLIVE JAPANの記事をもっと読む
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