明治のチョコレートといえば、きのこの山、たけのこの里、アポロ。子どものころから慣れ親しんできた方も多いのではないだろうか。その明治が、2016年の9月に本格派の大人向けのチョコレート『明治 ザ・チョコレート』を発売し、想定外の大ヒットとなっている。
発売前に世界的なチョコレートの賞を複数受賞、店頭でも目を引く斬新なパッケージと、この商品は今までのチョコレートとは、明らかに違うストーリーを持っている。子ども向けチョコレートのイメージが強かった同社が、このジャンルに参入した理由、そして戦略とは?早速、製造販売元の明治に取材を申し込んだ。
コンビニやスーパーによく行く人なら、お菓子売り場でおそらく見覚えがあるだろう。センスのいい雑貨のような箱デザインは栞にしたり、携帯ケースにデコったりとすでにインターネットで話題になっている。箱の中には3枚の小型板チョコが収められており、その味がヨーロッパで一流のシェフやソムリエから絶賛されiTQi(国際味覚審査機構)優秀味覚賞を受賞、『インターナショナルチョコレートアワード』のアジア&アメリカ太平洋大会でブロンズ賞を受賞した。
こういった世界的大会に、近年増えているチョコレート専門店は積極的に出品しているところが多いが、大手メーカーの出品は非常に少ないという。
「世界のチョコレート専門店と“味品質”だけで勝負をした結果、受賞したことは本当にうれしいですね。こだわりでは専門店に負けていないと思ったので、誇りに思います」
菓子マーケティング部の佐藤政宏さんは、今でもそのときの感激を思い出すように言う。菓子商品開発部の山下舞子さん、宇都宮洋之さん、取材に応じてくれた3人の名刺はスペシャリティチョコレート担当と銘打たれ、チームで力を合わせて勝ちとった賞であることが、自信に満ちた表情から見て取れる。
30年に渡った高級チョコレートへの試行錯誤
その商品開発は、『明治ミルクチョコレート』を製造販売して90年のノウハウと、“Bean to bar”(カカオ豆からチョコレートバーへ)の技術を持つ挑戦の歴史でもある。
佐藤さん「実は『明治ミルクチョコレート』も、当社においてカカオ豆からチョコレートまでを一貫して仕上げた商品です。その技術を使って、1986年の『コラソンカカオ』という商品から5回ブランドを変えながらプレミアムカカオ(高品質のカカオ)にこだわった商品を試したものの、なかなか支持をいただくことが難しかった」
山下さん「その理由は弊社の商品展開の影響もあると思います。1970年代に『アポロ』『きのこの山』などを販売して、チョコレートが “子どものおやつ”として定着した。1980年代は弊社の『メルティーキッス』発売や他社さんの商品などで少しずつ年齢が上がってはいたのですが、いきなり高品質カカオのチョコですといってお店に並んでも、まだお客さまとの感覚のずれがあったのだと思いますね。この『ザ・チョコレート』の前身ともいえる『The Chocolate』(2014年発売)でもまだ少し早かった」
ここ数年、外資のチョコレートや専門店が急増していることは、高級チョコレートを受けいれる追い風というよりは、マーケットの変化と捕らえているという。昨今のブームに乗ったわけではなく、その間『ザ・チョコレート』はずっとトライ&エラーを繰り返して開発を続けていた。
ようやく完成して世の中に送り出した結果、マーケットが成熟しており、需要を満たす質の高さを兼ね備えていたことが、『ザ・チョコレート』の成功の理由のようだ。
質の高いものづくりで、世界と勝負したい
昨今は原料となるカカオ豆を加工した状態で買い付けることが世界的に増えているというが、このチョコレートの場合、宇都宮さん自ら南米の産地に赴き、農場や木を確かめるところからやっているという。農家を支援し、指定した方法で作ってもらい、できばえをお互い試食して相談と、密なコミュニケーションを取っている。
開発に当たって、このチョコレートが選んだ方法は驚くほど古典的で、時代に逆行しているようにも見える。そうした理由は、このチョコレートは特別な使命を背負っており、「日本の食文化を変える」という強い想い、「質で違いを出す日本のものづくり」で世界と勝負する決意が込められた商品だからだそうだ。
宇都宮さん「量的ビジネスでは、グローバルに展開されている商品にはかなわないし、現時点では世界で勝負できていません。なので、まずは質で世界と戦おうと思っています。豆ができた時点で、実はチョコレートの品質の優位性はだいたい決まっています。だからいい農園で、品種のいい豆を選んで、豆作りを一生懸命やる。そこから自分たちで作ろうというのがコンセプトですね。そういうふうにして作った『ザ・チョコレート』で日本のチョコレート市場を嗜好品へと変えていきたい。そして日本的なこだわりや世界に発信できるような考え方をもって、ものづくりをしていきます」
世界を意識することは、味作りも影響があったという。また、日本人の従来の嗜好にも提案をした。
宇都宮さん「今回、海外に通用する味を意識しました。前回まで入れていた香料を今回入れていません。これだけ豆作りを頑張っているのだから自信をもっていこうじゃないかと、カカオ成分についても若干割合を上げました。日本人が好むミルク系の味よりも少し苦めの方向へ変えて、6種類とも砂糖は控えめで、ミルク系には新しく『ダークミルク』という新しいカテゴリーを作りました。これまでのミルクチョコとは違う味わいを訴えて、市場に定着させたいですね」
結果、チョコレートの本場ヨーロッパのパティシエだけでなく、日本の消費者にも訴える味となった。6種類の中には、カカオ70%を越えるものも2種ある。カカオ高配合のチョコレートには口の中に粉っぽさが残ったりするが、『ザ・チョコレート』にはそれがない。iTQiの審査員が「甘すぎないことも心地よい。砂糖によっておいしさが損なわれていない」とコメントしていたが、砂糖を控えたことも気づかせない食べやすさだ。
「なぜそんなに安く売ってしまうんだ」
これだけ手数をかけ、質にこだわり続けてきたものを、高級チョコ1粒以下の値段で売ってしまう。その意図は?
宇都宮さん「チョコレートの価格帯は、一粒数百円の百貨店レベルと、我々が主戦場としていた手頃な価格のものと二極化しています。それを高級専門店がコンビニ向けの商品で、真ん中の価格帯に入ってきた。コンビニで高いなと思いながらも、ハレの日に何かあったら手が届く価格設定です。
我々は1枚100円のような下のマーケットを得意にしていますが、物自体の付加価値を上げていくことによって、品質的に負けていないものが作れるし、量産できるから価格を下げることができる。すなわち、よいものを安く日本中の皆さんに提供できる。それを真ん中の価格帯に入れようと思いました。
近くのスーパーやコンビニで手頃に買えて、質の高いチョコレート、カカオの世界を皆さんに楽しんでいただける。それが明治ができることではないかという考え方で、価格設計をやらせていただいています」
つまり現状の価格は破格ということ。サロン・デュ・ショコラ(パリで年に1度行われるチョコレートの祭典)でのインタビューでも「なぜそんなに安く売ってしまうんだ」という声も上がったという。
宇都宮さん「中味の取り組みを反映すると、倍の値段でも十分と言われています。でも値段を高くした途端に広がらなくなる。もっとチョコレートを理解してもらい、コーヒーのようにたしなむ時代を我々が作っていこうと考えているので、がんばれるまでがんばろうじゃないかと」
チョコレートは消費が伸び続けているマーケット
菓子事業を展開するメーカーにとって、チョコレートは会社の大きな看板のひとつ。明治でも定番商品や人気商品はいくつもある。高品質カカオを使った試みが約30年間続けられていたにしろ、この商品に賭ける意気込みは生半可なものではない。どのような読みと根拠があって、誕生につながったのだろうか。
佐藤さん「弊社の調査によると、チョコレートの市場はこの10年、ずっと右肩上がりで成長しています。お菓子のマーケット全体が約3兆円といわれるなか、チョコレートは10年前の約4,000億から、2016年は5,300億円を突破する見込みで、菓子ナンバーワンのカテゴリーになりました。その理由は、もともと虫歯になる、太るなどのネガティブな要素が多かったチョコレートの健康効果がメディアにより情報発信されるようになったためかと思われます。その流れを受けて、高齢層の方々の需要が大きく伸長、さらには全世代においても需要が増加してきております」
佐藤さん「日本人のチョコレート製品の年間消費量は約2kg。明治ミルクチョコレートだと40枚分にあたります。世界的にトップはドイツで日本の約6倍。気候的な問題もあると考えますが、日本と同緯度のイタリアやスペイン、ポルトガルといった国を見ても、日本の1.5倍は食べられている。そしてこの10年の推移を見ていると、まだまだ消費は伸びるだろうという予測が立つわけです」
山下さん「ヨーロッパでは男性もチョコレートを食文化のひとつとして根付いていて、男性も大人もチョコレートを楽しむ。それが消費量の差に現れています。日本でどうしてそうなっていないのかという振り返りから、大人が食べるスペシャリティチョコレートを作りたい、チョコを日本の食文化にしたいというところから改めて作ろうということになりました」
ワインやコーヒーのような嗜好品になり得る
消費の拡大傾向とは違う角度からも、チョコレートにはまだ可能性が秘められているという。
山下さん「コーヒーはブルーボトルコーヒーなどサードウェーブの店が入ってきたりして、嗜好品の立ち位置がすごく進化してきていますよね。ワインも日本での歴史はそんなに深くないのに、健康ブームから嗜好品として根付いている。チョコレートも産地の違いや品種、製法の違いで味わいが違い、ワインと同じくらい奥深い背景がある素材。それを知っていただければ嗜好品として成り立つのではと考えています。以前の日本のチョコレートには、甘いか苦いかしか選択肢になかったけれども、カカオは本当に風味の違いがあります。その差を知っていただくために4種類の香味で展開をスタートしました」
「中味が全然わからない!」と箱のデザインが社内で大不評
もうひとつ、『ザ・チョコレート』を語るに欠かせないのは箱のデザイン。チョコレートとしては異彩を放つ印象的な、女性が喜びそうなこのパッケージ。これだけ思い入れがある商品なのに、情報を排除したといえるほどのデザインだ。
山下さん「原産地に入って、豆から質の高いものを作るというミッションを宇都宮らが10年積み重ねてきたもので、その根拠がある商品ができた。日本のお客様に嗜好品として提供していくにあたり、何かしら気持ちの切り替えをしないといけないと思いました。ただのおやつに見えない、パッと見て、こだわりや世界観が伝わる高級感のあるデザイン、明らかに他のものと違うことを意識しました」
箱に納められたチョコレートの袋を開けると、さまざまな形に分けられた1枚の板チョコレートが入っている。明治の公式サイトによると形により味わいが違うといい、実際味わってみてもそれは分かる。そんな面白い情報をなぜ箱から抜いたのだろうか?
山下さん「今回、それもポイントでした。ふつうは中にこれが入っていますと形の写真やチョコレートのトロッとした視覚での訴え、金、赤などをチョコには定番の色を使い、パッケージで商品すべてを語ろうというものでしたが、今回はあえて商品だけに背負わせすぎないようにしました。棚全体や値段のタグのところで補足をするなど、棚作りも変えて、売り場で専門店を作るようなイメージを目指しました。かなり思いきりましたね」
佐藤さん「山下がこれを出してきたときに『大丈夫か?これでは中味が何なのかが全然わからない!』と言ったんです。社内において、いろいろ意見も出たのですが、まずはお客さまに聞いてみようと調査してみたところ、ものすごく評価が高くてビックリしました(笑)。その後でも社内の営業に聞いてみたら『こりゃ全然ダメだ』とまた同じようなことを言ってくる。自分たちが販売してきた商品の枠にはまっていなかったので、ちょっと驚いたのでしょう。あまりにダメだというので『僕もそうでしたが、あなたはこの商品のターゲットじゃないんですよ。そういう人が自分の主観で語るのは止めましょう』と言ったら、『確かにそうかもしれない』と(笑)」
前身といえる『The Chocolate』は7つを個包装にしていたが、今回の3袋小分けというのも、明治が提案する「新しい板チョコのスタンダード」を創るという想いが込められている。経済的かつチョコのシンボル的な板チョコの形で、1度に食べきれる量を考えられている。この大きさは、味が記憶に残る程度に大きく、食べ残しに困らない程度に小さい。
過去経験がないほどの売れ行きで1000万枚を突破!
当初、販売目標を設定したとき、佐藤さんは「高いな、達成できるかな」と思ったそうだ。ただ、この『ザ・チョコレート』が明治としても大きな使命を背負う商品だから、高い目標設定でスタートするのもやむを得ないと思ったそうだ。
発売後の結果は大当たり。今期目標の2倍の売れ行きで推移し続け、2017年1月時点で累計販売枚数1000万枚を突破、初年度の販売予定数を早期に達成したという。
佐藤さん曰く、売り場の目立つところで特売をしていく商品ではなく、チョコレートの定番売り場での販売が中心の商品で、この売れ行きは過去経験がないそうだ。
バレンタインでは、新たな味がまた2種類、しかも数量限定で登場した。2月2日から2月5日まで東京国際フォーラムで開催されたサロン・デュ・ショコラ東京2017でも販売された。『ドミニカダークミルク』はインターナショナルチョコレートアワードのアジアアメリカ太平洋大会にて金賞、銀賞を受賞。『メキシコホワイトカカオ』は、世界でも希少と言われるホワイトカカオを使用した、苦みや渋みが少なく、旨味やコクが楽しめるダークチョコレート。どちらも贈り物にぴったりな缶に収められた特製パッケージだ。
バレンタイン商戦については、「年間でも最大のお客さまとつながることのできる時期だと考えています。マーケットとしても盛りあがってほしいが、この時期を起点として、日本におけるチョコレートの文化を変えたいと思っています」と控えめだ。パッケージの中にはカカオとチョコレートの楽しみ方を提案するテイスティングブック(小冊子)を封入し、「味や香りの違いを楽しんでほしい」と、香り・酸味・甘みなど自己採点できるレーダーチャートなども入れられている。
この商品の開発から販売、展開まで「日本で、チョコレートの新しい文化を作る」という強い信念が端々から伝わってくる。入魂の商品で手ごたえを得た3人は「カカオか、ミルクか、砂糖しか混ぜるものはないんですが(笑)」と言いながら、次の展開をすでに考えている。まだまだ続く挑戦は『ザ・チョコレート』でようやく花開きはじめたばかりだ。
浅香来
チョコレートを割る時に鮮明な音がするというのは、成分調合がうまくいっていて、加工方法がよい証拠だそう(『ザ・チョコレート』は、イタリア有名ブランドの創業者お墨付き)。すっかりおもしろくなり、いろんなチョコを割っています。
※価格やメニュー内容は変更になる場合があります。
※特記以外すべて税込み価格です。
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