日本を訪れる訪日外国人の誰もが驚くことーそれは日本の街の綺麗さ。日夜問わず大変多くの人でごった返す渋谷や新宿などの繁華街も、世界一の利用者数を誇る東京都心部各駅の駅構内や周辺も、驚くことにどこを見渡しても公衆にゴミ箱が設置されていない。どの街もいつも綺麗に保たれたまま。特に、東京は世界一の人口密度を誇り、常に多くの人で賑わう。930万人弱の人口を誇る東京のような大都市にゴミ箱がなくてどうやって街は綺麗で在り続けられるのか。日本で生まれ育った日本人がその秘密をご紹介。
1. 「“誰かがやるだろう“ではなく、街を、共有スペースを”自分たちで綺麗にする“」という考え方
日本では、小学校教育から毎日授業の時間とは別に掃除の時間が存在する。大学教育を除く小学校から高校までの12年間、日本の学校では基本的に清掃員が存在せず、小さなときから生徒自身が掃除をする習慣がある。お昼に学校給食を食べた後に昼休みを挟んで全校生徒一斉に学校内・学校外掃除をする。こんなこと、日本人にとってはごくごく当たり前のことじゃないかと思ってしまうのだが、これが世界でも非常に稀有な例なのだ。
清潔習慣や公共心の育成、勤労体験など、さまざまな教育的効果も期待され、班を作って ”担当を分担し、実践する” という清掃活動を通して、集団の一員としての自覚を深め、責任感を形成するのである。したがって、清掃活動を幼い頃からみんなで手を取り合って行うことで、自分たちで使う場所は自分たちで責任を持って綺麗にするという概念が知らず知らずに植えつけられている。"使う場所は来た時よりも綺麗に" という概念の元、日本ではゴミ箱があちこちに設置されていなくとも、街を、共有スペースを、綺麗にし続けることが個々人に道徳心として身についているのである。
例えば、課外学習で、遠足や修学旅行など、学校行事で、校外に出るイベントは、どこの国のどこの学校でもあるものだろう。こうした行事ごとでも、出先で出たゴミを入れる用途で、または、万が一体調を悪くした際に使用できるためのエチケット袋として使えるようにと、ビニール袋が “持ち物リスト" として当たり前のようにリストアップされ、各人持ち歩くのが日本での習わしである。こうしたことが1つの要因として、自らの出したゴミは自身で処理し、捨てられる場所できちんと捨てようという考え方が子供の頃から日本人の間では定着していると言える。
2. 日本人の集団主義的な思考がもたらすごみへの責任と美化意識
無論、世界どの国を見渡しても、ゴミを無闇に道端にポイ捨てしようとしてポイ捨てしている人なんていない。ゴミ箱があればゴミはゴミ箱に入れようとする道徳心やマナーがあるのは言うまでもない事実で、世界共通の常識である。ただし、問題は、“ゴミ箱が仮に溢れる寸前だろうとお構いなしで無理やり入れてみたり”、“既に溢れているゴミ箱の横に置いてみたり”、“道すがらゴミ箱が道端に見当たらないから面倒くさくてそこかしこに投げてしまったりしていること”が許容され見過ごされていること。決して誰かがやっているからと、自分もゴミを粗末に扱っていいと言うことではないはずだ。
世界と日本とのゴミの扱いに関する大きな違いは、集団主義的な考え方に拠るところが大きな要因として1つ考えられる。日本では、個としての動きよりも集団としてどうあるか、が重視される。例えば、ある議題に対して、多数が "あること" をしていたらそれが1つ正しいこととされる風潮がある。“右に倣う”とも称し、「右にあるものに従う・倣う」という日本人の習性を表す言葉だ。小学校教育まで遡れば、集会などでクラスごとに列を作り並ぶ必要がある際には“前倣え”と唱え皆で前の人に倣ってまっすぐ列を作って校長先生など、壇上に上がる人の話を聞ける美しい体制を作る習慣がある。
ただし、この論理に則ると、もしも“ゴミをポイ捨てすることが正しい”のが世論であれば、それが正しいことともされかねないが、これは義務教育や家庭の教育で植えつけられたモラルがそうはさせない。教育で“来たときよりも美しく”を刷り込まれる日本人の観念にポイ捨てが良いものとする考え方はない。
また、もう一つ考えられる集団心理がもたらす街を綺麗に保つ要因は、日本人が "他者の目" "他者がどう思うか" を至極気にする国民性を持つことが挙げられる。もちろん、かく言う日本人でも誰一人としてポイ捨てしない訳ではないし、ポイ捨てを当たり前のようにしてしまう不届き者も当然存在する。ただし、日本人のほとんどは、他者が自分に対して嫌な思いを抱かぬよう努める。この性質から "他者が嫌に思うこと = ゴミを粗末に扱うこと" は良しとされない。無論、他者が嫌に思うことをしない、などの概念は、当然どの国の誰もが持っている思考ではあるが、常に相手を慮り、自身をへりくだり生きる日本人だからこそ、この意識が多方向に強固に向いているのだろう。
3. ゴミを分別するという意識 規則を守る日本人
日本の美化意識の強さは、地方自治体などが定めるゴミの分別ルールの厳しさにもある。燃えるゴミの日、燃えないゴミの日、ペットボトル・缶・ビンの日、段ボールや新聞など古紙回収の日など、家庭ゴミの処分には大変多くの分別が必要になる。家庭ゴミでなくとも、公園やコンビニ、駅のプラットホームや改札付近等に設置されているゴミ箱でも、燃えるゴミ、プラスチック、缶、ペットボトルなど、少なくとも4種類以上に分別が徹底されている。当然、学校のゴミ箱でも燃えるもの、燃えないもの、プラスチック類などさまざまに分別のルールがあるため、小さな頃から常にこうしてゴミ分別の意識が浸透している日本では、ポイ捨てをしようという概念は浮かびにくい。近年は地方自治体によっては、ゴミ袋を有料で販売し、指定の袋に入れなければゴミを回収してもらえない、という厳しいルールを持った地域も多く存在し、一人ひとりへのゴミおよびゴミの分別への意識は高まる一方である。
日本人のゴミ処理や分別に大きく通ずる、顕著な例をご紹介したい。規則を正しく守る日本人の在り方である。電車の乗車を例に見ると、降りる人が最優先、乗る人は降りる人が全て降りてから乗車し、乗る人たちは早く並んだ人から所定の位置に順番に列を作り”整列乗車”を行う。エスカレーターでも列を作り、エスカレーターの動きに倣い通常通り乗る人、もう片一方は歩行ルートとして先を急ぐ人のため道を開ける。超人気のラーメン店やスイーツ店でも、ディズニーランドの人気アトラクションでも、絶対に、順番や規則は必ず守り、他者も自分も気持ちよく過ごせる空間をつくろうと心がけるのが日本人である。
4. 国土の小さい日本人の知恵とゴミに対しての各人の責任感
日本人は各々が出したゴミは「各人の責任」と思う意識が各人の潜在意識が存在する。と言うのも、これは日本の国の小ささに由来する部分がある。日本の面積 (377,914 km²) はアメリカ・カリフォルニア州の面積 (423,971 km) よりも小さい。しかも、この2,188 km²を占める東京都は、その人口密度で世界一を誇る。もちろん、ゴミ箱がないのは東京に限った話ではないのだが、人口に対して面積があまりに小さく、ゴミ処理場そのものの母数が少ないのが日本なのだ。だからこそ、ここで一人ひとりの問題意識、ゴミへの、環境への意識を潜在的に抱くほど、当たり前の感覚となっているのである。日本人は知恵を働かせ、「いかに無駄なゴミを出さないか」を幼い頃から学校で教育され、「ゴミ箱がないからその辺に投げてしまおう」なんて思わずに、近くにゴミ箱がなければ見つかるまでは持ち運ぼうとする責任意識を持っているのである。自宅に帰るまでゴミ袋を縛って持ち帰り、自宅で家庭ゴミとともに処分するなんて人も少なくない。
5. 各自治体や学校、街、会社ごとのボランティア活動
こうして、常に街や公共で皆が使う場所に関して美化意識の高い日本人。ただそれぞれが責任を持って、意識的に行動するだけでなく、各自治体主体で定期的にゴミ拾いを行うボランティアを行っていたり、地域ごとの結びつきの強い日本では町内会主体で日々担当を決めて掃除を行っていたり、学校で順番を決めて校内や周辺だけでなく街の清掃を行ったり、会社でも出勤時間前に自分たちの属する場所に敬意を払って会社やその周囲を掃除したりと、個々に美化意識を持つだけでなく、街全体で、集団で、住む街やお世話になる街を綺麗に保とうとする動きがある。徹底して誰もが共通の美化意識を持ち、ゴミを分別する規則を守ることで、街が常に綺麗に保たれているのである。
まとめ
春の花見、夏の花火大会、野球観戦、サッカー観戦など、不特定多数のさまざまな人々が同じ空間を共有して楽しむイベントごとでも日本人のこの美化意識は一貫している。次に使う人のことを考え、または清掃する人の仕事が最大限に少なくなるよう、たとえ誰かがお酒に酔っ払ってゴミを置き去りにしていたとしても、他の誰かがきっちり見逃さずにそのゴミを処理する。2018年のロシアW杯で日本が敗戦した際に、観戦していた日本人サポーターがスタジアムのゴミを拾い、知らない人同士が互いに協力しあって、スタジアムで出たゴミの処理していたことが世界中で話題となったが、これも、日本人は皆当たり前のこととして共通に美化認識があるが故の行動である。特に特別な行動をしている意識はなく、それぞれが使う場所に対して敬意を払い、次使う誰かのために、清掃員の方のために、みんなのために、公共スペースを、自分が、誰かが、人々が使う場所をいつまでも美しく、過ごしやすく、暮らしやすい空間づくりに、国全体で、各々のモラルやマナーが行き届いたゆえに成り立っている社会なのである。
ライター:常川啓介
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