世界的タイヤメーカーである「ミシュラン」のフランス本社に長年勤務し、『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』制作の際、日本各地を視察して回った森田哲史さん。この森田さんに、欧米目線から見た日本人の知らない日本の魅力を伝えてもらう「カルチャーウォーク」、第二回目となる今回は、ドイツ出身のLIVE JAPANスタッフ・パメラとともに埼玉県の秩父地方を訪問します。ユネスコ無形文化遺産として登録された「秩父夜祭」が行われる秩父をめぐるぶらり旅、今回はどんな日本と出会えるのでしょうか。
今回は「西武秩父駅」、それから一駅隣の「横瀬駅」界隈をぶらりめぐります。
【寺坂棚田】/緑あふれる棚田の正面にそびえる武甲山の景色に、自然と文明の共生について考える
特急レッドアロー号で「横瀬駅」までやってきた森田さんは、パメラと合流し、寺坂棚田を目指します。
横瀬駅から歩くこと約15分で、豊かな水をたたえた棚田が現れました。棚田の中ほどには一般観光客も入ることができる道があり、日差しをよけられる東屋も建てられています。
この寺坂棚田は埼玉県内最大級の棚田。約4ヘクタール、約250枚の水田が広がっています。
パメラ:「なんて素敵な景色!私が思う日本ならではの風景とイメージが重なっています」
森田:「この棚田は12世紀頃、鎌倉時代には稲作が行われていたといわれているよ。山の斜面に小さい田んぼが何枚も連なっているでしょう。今も地元の人たちを中心に大切に守られて運用されているんだ。
はるか昔からずっと続いてきたこの棚田だけど、実は太平洋戦争後、ここの棚田が放置され、荒れていた時があるんだよ。でも、2001年に地元の農家の人たちがこの棚田を“地域の遺産”として復活させ、長期的に保存・活用しようと活動を始めたんだ。それで今、これだけの棚田が復活してきたんだ。棚田の運営には治水の技術が重要で、地域の共同体で協力してその技術を守っているから、今これだけの稲が育っているんだよ。
大きな耕作機械を入れることもできないし、大きな水田に比べるととても効率も悪いから、ここの保全にはかなり手がかかるし、重労働だろうね。でも、そうやって手をかけても守るべき価値のあるものだからこそ、この棚田は維持されているんだよ」
パメラ:「あの正面にある山は何ですか?山の上部が削られたようになっているけれど…」
森田:「あの山は武甲山と言って、秩父のシンボルとも言える山だよ。龍神が宿るとも言われる神様の山なんだ。そして信仰の山であるとともに、良質の石灰岩が採れる山としても知られているよ。1940年頃から石灰岩の採掘が始まって、今はあんな風に切り立った形になっているんだ。下にある工場では、この石灰岩でセメントを作っているんだよ」
パメラ:「神様のいる山を掘り返してセメントを作っているんですか?」
森田:「ここでの石灰岩採掘は、秩父の重要な産業の一つ。地元の人は神の山である武甲山の姿に感じることはありつつも、石灰岩は神様からの恵みであり、秩父の発展のために文字通り身を削ってきてくれたと考える人もいるんだ。人間は生きていくために、自然から大きな恵みを受けている。でもそれは、大なり小なり自然を壊しているということでもあるよね。木材や石材を切り出して使用したり、山道に道路を作ったり、山奥にダムを作ったり。普段、都会で生活していると、その恩恵の代わりに何を犠牲にしているかがわかりにくいと思うんだ。でも、ここの風景を見ていると、人間の便利な文明がいかに自然の恩恵に支えられているのかを思い知らされるよね。
そんな様相の武甲山もこの棚田も、大切な自然の恵み。自然は手をかけて守るべきものでもあり、恵みを与えてくれるものでもあるんだよ。開発と保全…なんか矛盾しているようにも思えるけれど、矛盾を深く追求せずに現状を受容できるのは日本的ポジティブ精神とも言えるかもしれないね。
この棚田はあえて大変な苦労をしながら、維持・運営されているけれど、この棚田越しに武甲山の強烈な風景を見ていると、現代人が自然から受けている恩恵と、その影響について深く考えてしまうよ」
パメラ:「あの山の石灰岩がコンクリートとなり、都会のビル建設にも使われていると思うと、東京でビルを見る目が変わってくる気がします。私は、この自然の中で本を読んだり、考え事をしたりゆっくり過ごしてみたくなりました」
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寺坂棚田
- 住所 埼玉県秩父郡横瀬町大字横瀬1896
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最寄駅
最寄駅:西武秩父線「横瀬駅」から徒歩約15分
- 電話 0494-25-0114
【武甲山資料館】/人間に恩恵を与えてくれる武甲山の全容を学ぶ
横瀬の棚田を後にした森田さんとパメラは、西武秩父駅から羊山公園の忠霊塔東側にある武甲山資料館にやってきました。石灰岩の採掘によって変貌していく武甲山の資料を蒐集し、武甲山の全容を後世に伝えるために設立された資料館です。館内にはジオラマなどのほか、武甲山のおいたちや地形・地質、石灰岩の利用と分布について、武甲山の植物や武甲山周辺に生息する動物など、さまざまな資料が展示されています。
森田:「秩父は東京に近いし、荒川の水運や西武鉄道が利用できるから、昔からここで採掘された石灰岩がコンクリートとして東京に運ばれてきていたんだね。秩父の人だけでなく、都会で暮らす多くの人々も武甲山の恵みをいただいているんだよ。さっきパメラも言っていたけれど、都会のビルを見る目も変わってくるね」
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武甲山資料館
- 住所 埼玉県秩父市大宮6176
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最寄駅
最寄駅:西武秩父線「西武秩父駅」から徒歩約15分
- 電話 0494-24-7555
開館時間:9:00〜16:00
休館日:毎週火曜日(祝日は除く)、12/29〜1/3
【秩父神社】/名工左甚五郎作と伝わる『つなぎの龍』や『子宝子育ての虎』に代表される極彩色の彫刻が施されたご社殿の魅力を堪能する
次に訪れたのは、秩父地方の総鎮守である秩父神社。有名な秩父夜祭はこの神社の例大祭です。
この神社に祀られている天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)は、古くは妙見菩薩(みょうけんぼさつ)としてお祀りされていて、今でも「妙見さま」として地元の人に信仰されています。12月3日に行われる秩父神社の例大祭では、武甲山の男神である龍神様と秩父神社の女神である妙見様が年に一度だけ逢瀬を重ねる特別な日なのです。
パメラ:「この秩父神社の色合い、日光東照宮と似ていますね。何か関係があるのかしら?」
森田:「この秩父神社の現在のご社殿は天正20年(1592年)に徳川家康の寄進によって再建されたんだよ。日光東照宮は家康を祀った神社だし、秩父神社の中にも家康をご祭神とする東照宮もあるからね。深い関係があると言えるね」
パメラ:「東照宮と同じように、三匹の猿がいるんですね」
森田:「日光東照宮の三猿は子猿の姿をしていて、『(悪いものを)見ざる・(悪い言葉を)言わざる・(悪い言葉を)聞かざる』のポーズを取っているんだ。子猿だから、悪いものの影響を受けないように、ということだね。でもこの秩父神社の三猿は成長した大人の姿をしていて『よく見て・よく聞いて・よく話す』ことで元気に過ごそうという意味なんだよ」
森田:「ご本陣の北側中央にあるこの梟の彫刻は『北辰の梟』というんだ。体は南、頭は真北を向いて、ご祭神の一人である天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ。北極星=北辰の化身とも言われる)をお守りしているんだよ。日本では梟は昔から知恵の動物の象徴と思われていたんだね。また、“不・苦労”という語呂からラッキーチャームとなっているんだよ。ヨーロッパでも梟は賢者の象徴とされているよね」
地元では「妙見さん」と呼ばれ親しまれている秩父神社は、秩父地域の総鎮守。今も多くの人々が訪れ、ご社殿やお祭りなどが大切に守られている様子に、秩父地方に古くから続く信仰の深さを実感することができました。
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秩父神社
- 住所 埼玉県秩父市番場町1-3
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最寄駅
最寄駅:西武秩父線「西武秩父駅」から徒歩約15分
- 電話 0494-22-0262
【秩父まつり会館】/ユネスコ無形文化遺産となった秩父夜祭をバーチャル体験
秩父神社の東側に隣接している秩父まつり会館は、ユネスコ無形文化遺産として登録された「山・鉾・屋台行事」33件のうちの1つ、秩父夜祭(登録名:「秩父祭の屋台行事と神楽」)について学び、体験できる展示館です。秩父神社の例大祭であるこの「秩父夜祭」、約300年前から、すでに屋台や笠鉾が登場する大規模なものになっていたそう。
パメラ:「この屋台は実際の夜祭りに使われているんですか?」
森田:「この笠鉾と屋台は展示用に作られたものだよ。34年前に作られたこの笠鉾と屋台の製作費は、2台あわせて2億円だそうだよ。実際に夜祭に登場する2台の笠鉾と4台の屋台は国の重要有形民俗文化財に指定されていて、普段はそれぞれが各地域の町会によってそれぞれの収蔵庫に格納され、管理されているそうだよ」
この会館では3Dの映像やプロジェクションマッピングで、秩父夜祭をバーチャル体験することができます。武甲山から現れる龍神様と秩父神社の妙見菩薩(天之御中主神・あめのみなかぬしのかみ)の逢瀬、2台の笠鉾と4台の屋台が曳行される様子や、街中の雰囲気を音と映像でリアルに体感できるのです。森田さんとパメラも、夜祭の雰囲気を堪能していました。
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秩父まつり会館
- 住所 埼玉県秩父市番場町2-8
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最寄駅
最寄駅:西武秩父線「西武秩父駅」から徒歩約15分、秩父鉄道「秩父駅」から徒歩3分
- 電話 0494-23-1110
開館時間:9:00〜17:00(4月〜11月)/10:00〜17:00(12月〜3月)
入館終了時間:16:30
休館日:第4・第5火曜日、12月29日~1月1日
【秩父美術館】/仏教の秘宝・秘仏や郷土画家の傑作、骨董品などが織りなす混沌に溺れる
秩父の伝統的な夜祭を体感した後は、秩父地方の芸術を味わいに西武観光バスに乗って秩父美術館へ向かいます。
この秩父美術館は、秩父地方の郷土画家の作品や、貴重な仏教美術などが数多く展示された私設美術館です。もともと業者向けの古美術市場を営んでいた館長の西富男館長の個人コレクションを展示するようになったのが始まりとのこと。隣接する休憩所の奥にある骨董掘り出し長屋では、関東一の規模をもつ骨董品の即売場となっており、武具や仏像、アンティーク食器、浮世絵、書画掛け軸など様々なものが販売されています。
骨董品を楽しんだ後は、秩父美術館を案内していただきました。2階は仏教資料館となっており、貴重な秘仏や世界でも珍しい秘宝などが並んでいます。
南北朝期に製作されたキリスト教伝道用大日如来像
かくれキリシタンを発見するための踏絵
パメラ:「日本の仏像だけでなく、中国の仏典やチベットの金剛杵(こんごうしょ)など、世界的に貴重なものが揃っていますね」
森田:「踏絵の実物が展示されているとは、驚いたね。南北朝時代の大日如来像なんかを見ると、日本は昔から、他国の宗教をもともとある宗教と融合させて受け入れてきたことがわかるでしょう」
別館にある大作展示室には、秩父地方出身の郷土画家たちが故郷を描いた大作絵画が数多く展示されていました。
森田:「秩父のシンボル、武甲山の登場する画がたくさんあります。郷土作家の描く武甲山には、強い思い入れを感じるね。神様の宿る山でありながら、人間の暮らしを支えるために切り崩されたこの山の姿には、地元に生きる人々のジレンマが描かれているようだね」
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秩父美術館
- 住所 埼玉県秩父市永田町7-1
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最寄駅
最寄駅:西武秩父線「西武秩父駅」から西武観光バスで移動。「相生町」バス停から徒歩約5分
- 電話 0494-23-1177
開館時間:10:00~17:00(最終入館時間:16:00まで)
休館日:毎週火曜日・12月25日~1月4日
【まほろバル】/秩父神社の表参道で秩父麦酒の味わいにひたる
秩父の伝統や生活をたどってきた秩父小旅行の最後の目的地は、秩父で作られた地ビールを飲むことができる「まほろバル」。秩父神社の表参道の中程にあります。
この「まほろバル」では秩父市の酒造会社ベアーミートビアーで作っているクラフトビール「秩父麦酒」を味わうことができます。夏仕様のヴァイツェンの「まほろヴァイツェン」(1パイント1100円/税込)、ラガービール「夏熊のラガー」(1パイント1100円/税込)、レッドエール「紅熊X」(1パイント1100円/税込)など、様々な種類のビールの中から、好みのビールをカウンターで注文します。
森田:「秩父の旅の終わりに秩父で作られたビールなんて、最高だね! 僕はレッドエールにするよ」
パメラ:「今日は暑かったから、私はさっぱりしたヴァイツェンにします」
森田:「今日は、鎌倉時代に作られた棚田から、秩父地方のシンボルである武甲山と秩父神社など、秩父を語るのに欠かせないスポットを回ってきたけど、どうだった?」
パメラ:「日々、武甲山を目にしながら暮らしている秩父の人々が、伝統を大切にして、共同体で文化を守ってきていることを実感しました。秩父夜祭も、300年以上も守られてきているんですよね」
森田:「そうだね。龍神の住む武甲山から恵みをいただきながら、今でも神様と自然と人間が共存していると言えるよね。武甲山と秩父夜祭に象徴されるように、秩父地方には共同体が伝統や文化、自然を支えていくという昔ながらの伝統が今も残っているんだね」
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Mahollo BAR. クラフトビールの飲めるお店【まほろバル】
- 住所 埼玉県秩父市番場町17-14
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最寄駅
最寄駅:西武秩父線「西武秩父駅」から徒歩約8分
- 電話 0494-26-7303
営業時間:11:00〜20:00
定休日:水曜日・木曜日
人々に守られ保護された美しい棚田と、削られて形を変えた武甲山という対照的な風景から始まった今回の秩父のぶらり旅。山の形は変えながらも、そこに暮らす龍神様や妙見菩薩を身近に感じ、彼らのためのお祭りという伝統を守り続けている秩父の人々。その姿に、神と自然、そして人が影響を与えながらも共生していく、日本独特の精神性を感じることができた旅となりました。
家と映画館(試写室)と取材先と酒場を往復する毎日を送る映画ライター、WEBディレクター。2001年から約8年、映画情報サイトの編集者をやってました。2009年に独立し、フリーランスに。ライターとしての仕事の他、Webディレクションなど、もろもろお仕事させていただいています。
※価格やメニュー内容は変更になる場合があります。
※特記以外すべて税込み価格です。
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