長い歴史をもつ石川県・金沢市にある兼六園に足を踏み入れると、まるで数世紀前の封建時代にタイムスリップしたような感覚に陥ります。2022年1月に庭園を訪れたときには雪が積もっており、まるで時まで凍りついたかのように昔のままの伝統的な日本を見たようでした。
しかし、それは間違いかもしれません。というのも、日本文化は常に変化し続けているからです。変わらない部分を保ちつつ、いつも魅力的な新しいアイデアを取り入れています。
「日本博」は、過去を尊重しながらも生活に息づく伝統をダイナミックに表現するイベントを展開しています。日本博で新たに展開されている企画のひとつに「CLUB RED」とコラボしたものがあります。それは、次代を担うCLUB REDの若手料理人たちが郷土料理をあらためて学び、新しい感性で土地ごとの味覚を発信することを目的としています。その最新イベント「日本を旅するダイニングin北陸」を取材しました。
新たな才能を求めて
伝統とは、人から人へと継承されていくものです。CLUB REDでは、若手を巻き込むことを念頭に文化の継承活動をしています。CLUB REDは料理人コンペティション「RED U-35」で優秀な成績をおさめた料理人たちが集う食のクリエイティブ・ラボです。RED U-35は35歳以下を対象にした新しい才能を発掘するためのコンペティションで、若い料理人たちにとっては名声と賞金を得るチャンスがあります。「RED U-35」に参加する料理人の多くは所属するレストランで、すでに高い評価を得ており、中にはミシュランガイドに掲載されているレストランに所属する料理人もいます。つまり、このコンペティションは最高峰のひとつなのです。
新世代が新たに定義する北陸料理
「日本を旅するダイニングin北陸」のために、RED U-35で優秀な成績をおさめた4名の料理人が招集されました。料理人たちは北陸地方を探訪し、そこで発見したことをヒントにメニューを考案します。メニューは北陸地方の産物や味だけにフォーカスするのではなく、工芸品や慣習、さらには食事を提供する空間にも気を配りました。そして彼らの発見を9品のコース料理に落とし込み、表現しました。それは人々を実際に訪れてみたいと思わせるだけではなく、地元の料理人に新たな視点を与え、新しい食事体験を提供するものとなりました。
イベントの舞台となる北陸地方は、石川県、福井県、富山県からなる日本海沿岸のエリアです。北陸という名称は、府県制が制定される前から存在しており、かつては主要な交易路として北陸地方と現在の東京や大阪・京都を結ぶルートが使われていました。それに加え、北陸には日本列島の北端にある北海道と、大阪などを結ぶ古い航海ルートの重要な港が幾つもありました。このことから北陸は日本全国をつなぐ黄金ルートの一部だったといえ、北陸の文化が豊かな発展を遂げた理由のひとつに交易による支えがあったことが挙げられます。それだけでなく、世界でも屈指の豪雪地帯といわれるこの地域は積雪により冬期の間、ほかの地域との交流が少なくなることから、独自の文化を作り出すことができたといわれています。
金沢市は、北陸の中でも重要な文化の中心地のひとつで、北陸地方で生産される多くの工芸品が集まる拠点となっています。北陸地方に伝わる異なった文化を融合させる場所として、このプロジェクトの舞台に金沢が選ばれました。
会場は前述の日本庭園、兼六園の中にある「見城亭」。金沢城が望める茶屋兼レストランです。
食欲を刺激する食器たち
会場に着くと、まず目に入るのが食事会に使用される和食器の数々。北陸地方全体から集められた工芸品です。
金沢といえば、なんといっても金箔です。日本の寺院にある観音堂や大仏殿で壮麗な黄金の光を放つ金箔は、金沢で生産されたものだといわれています。手間のかかる方法で作られる上質な金箔は、ほとんどが金沢で仕上げられていることから、金箔は金沢のシンボルとなっています。
それだけではありません。寒冷で湿度の高い北陸の気候は漆器づくりに最適な環境で、漆器は古くから主要な輸出品のひとつとなっていました。そのことから漆器は欧米で「ジャパン」と呼ばれ、それとは対照的に陶器は「チャイナ」と呼ばれていました。
金沢の東側に位置する富山県のガラス細工は、はかなくも繊細な形をしています。特に海外において知名度はまだ高くないのですが、だからこそ、このようなイベントをする意義があるのです。実際に足を運び、自分の目で確かめることが、本当にすばらしいものに出合えるチャンスだからです。
参加した職人は「工芸品は使われたときに完成するものなので、たくさん使ってください」。と話します。和食器は使ってこそ意味があるのです。
最後に、石川県北部に位置する能登半島に根付くユニークな農耕儀礼「あえのこと」に関する展示がありました。「あえのこと」は、田の神様に食事を供えてもてなす風習です。神様にふさわしい食事を供える独特な文化は、この地域の料理を形成した要因のひとつなのです。
食事会
ついに食事会の合図があり、参加者は2階へ移動しました。9品のコース料理を生み出した4名の料理人から説明を受けた後、食事の提供が始まりました。
まずはじめに芸術的な盛り付けに感激しました。完璧な盛り付けで提供される厳格な日本料理を知っている人でも息を呑むと思うほどのすばらしい盛り付けでした。
最初に提供されたのは見事な雪景色を表現した一皿です。皿の上にある風情のある家の中には宝物のような料理が入っています。この一皿は北陸地方全体を味覚で巡るもので、富山県の豆腐を使った小さなタルト、能登半島のイカ、そして日本海から直送されたフグの卵が使われていました。料理長の川嶋亨氏は「このメニューのテーマは『旅』。座ったままで北陸地方をぐるりと旅行できるものにしようと思いました」と話します。
食事の順序は日本の伝統的な会席料理にある程度基づき、前菜から汁物、そして刺身から蒸し物と揚げ物、魚に続いて肉、そしてごはんと漬物、最後にお茶とデザートという流れでした。濱多雄太氏は「このメニューを単なるフォーマルな会席料理と考えてほしくはありません。これはこの地方を表現した北陸の料理です。フォーマルな会席料理の伝統的な食事ルールに抵抗感がある人に、今回のようなメニューで和食の芸術性や味わい、そして職人工芸を誰もが楽しめることを感じてほしいです」と話します。
金箔がキラリと光る椀物も、大根おろしの中のバイガイが富山のガラス器に浮かんでいるように見える一品も、細部へのこだわりは驚くばかり。料理には北陸地方の発酵文化を生かした大胆な味わいのものが多くありました。北陸地方で育まれた豊かな発酵文化の背景には冬の降雪量が多いため保存食が発達したことがあります。砂山利治氏は「私にとって欠かせない北陸の味は発酵食品です。この地域に住んでいる人たちに共通することですが、それが独特の味わいを生み出しています。言葉で表現することは難しいですが、それを味わった人は、きっとすぐに納得すると思います」と話します。
特筆すべきは、クマ肉がサプライズでメニューに追加されたことです。クマの頭数を管理するために猟をする山間の地域には、クマ肉を食べるという長い歴史があります。この習慣が新進の料理人たちの料理によって広がりを見せることは興味深いことです。ここではカモの脂身のコンフィと一緒に炭火でローストし、少量のマスタードを添えて提供され、とてもおいしい料理でした。
北陸のおいしいものとして多くの人が思い浮かべるものがカニでしょう。カニの季節には、多くの観光客が遠方からカニを食べるために北陸地方を訪れます。ということで、メインディッシュはもちろんカニです。カニは山のような盛り付けで提供され、卵や大根のビール煮込みと一緒にごはんに混ぜていただきました。
最後に、北陸を味わうこの食事会で最も驚いたことは、料理人が料理の垣根を超え、全体を通して各国料理のさまざまなエッセンスを適度に取り入れていた点です。砂山利治氏と平田明珠氏は、それぞれフランス料理とイタリア料理が専門ですが、その専門料理の知識や技能などを和の視点を通して料理に落とし込んでいる部分が見事でした。ふだん和食には使われない、バジルのようなシンプルでありながらも予想外な食材を加えることで、新しい世界観を生み出しているところがすばらしかったです。このことに、ベテランの料理人は大きな衝撃を受けることでしょう!平田明珠氏は満足げな笑みを浮かべてこう言います。「イタリア料理が背景にある私は、日本料理の構造に一からアプローチできると感じています。さまざまなコースのルールを無視しようと思えば、それができるんです!今回は正真正銘の北陸を表現したので、このメニューを味わったなら北陸地方の特徴や価値を理解できると思います」。
新しい才能をフォローしよう
このイベントは、日本文化を担う新たな才能を後押しし、現状を越えて前に進むための企画シリーズの一例です。日本博とRED U-35のコンペティションについての最新情報を以下のリンクでチェックしてはいかがでしょうか。
この取材は、2022年1月時点での新型コロナウイルス感染防止対策を遵守の上、行われました。
※価格やメニュー内容は変更になる場合があります。
※特記以外すべて税込み価格です。
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