”今度日本への旅行を考えているけど、日本でタトゥーって大丈夫なの?"
"温泉・銭湯は入れる?プールは?" "街中でタトゥーを出して歩いても大丈夫?"
日本を訪れる多くの外国人が疑問に思うこと―。日本とタトゥーとの因果とその現状について。かつて日本では、罪を犯した人に対して、戒めの意で入れ墨を入れる慣わしがあり、この文化が名残で日本各地で今も現存していたりする。このことが世界的に広く知られ、「タトゥーが日本ではいけないものとされている」という事象をご存知の人も多いだろう。
日本のタトゥーに対する取り組み、その実態とは
近年日本は、これまでの数十年に比べ、タトゥーに対して見違えるほど寛容的な社会になりつつある。若い世代を中心に、世界の多くの国と同じように、ファッション的に、カジュアルにタトゥーを入れる人が増えてきたことを背景に、タトゥーに対して特別な偏見や嫌悪感を抱く人は少なくなり、徐々に受け入れられつつあるのが実情だ。訪日外国人観光客の増加もこの要因の一端を担っているかもしれない。
それでも、まだまだかつてのイメージのまま、タトゥーを「悪しきもの」として直接的に結びつけて考える日本の風習は消えたとは言えない。事実、温泉・銭湯、プール、海水浴などの施設でタトゥーを持つ人の利用をお断りするケースが今日もなお多く存在する。外国人旅行者の中でもこの事情を知らない人もおり、「せっかく日本に来たのに、なぜタトゥーを入れているだけで温泉に入ることができないのか」と、ちょっとしたトラブルになるケースも少なくない。しかしながら、訪日外国人の人数は毎年右肩上がりで驚異的なスピードで進む現状、さらに2019年にはラグビーW杯、2020年には東京オリンピックが控える状況。訪日外国人客は今後増え続けていく一方で日本は多様性を受け入れられる国でなければいけないだろう。こうした状況を受け、観光庁は日本各地の入浴施設に対して自身の身体にタトゥーを持つ人への対応についてアンケート調査を実施。この調査結果を踏まえ各施設へ対応改善を促す取り組みを進めている。ここでは、観光庁が実施したアンケート調査の結果の紹介、日本社会のタトゥーへの現在の取り組みに加え、身体にいくつかのタトゥーを持つ日本在住の外国人女性の日本とタトゥーへの見解や実体験、インタビューを交えながら、日本のタトゥー事情の実体に迫る。
観光庁の調査の結果:日本全体の56%の施設でタトゥー=入浴お断り?
年々、訪日外国人旅行者の数は増加の一途をたどる中、タトゥーの有無と入浴の可否をめぐり入浴施設と訪日外国人旅行者との間でトラブルに発展するケースは少なくない。こうしたタトゥーに関する外国人旅行者と施設の衝突を防ぐため、観光庁はタトゥーを持つ訪日外国人旅行者の入浴につき日本の施設がどのような対応をしているのか実態調査を行っている。
同調査では、日本全国のホテルや旅館をはじめとする宿泊施設約3800施設に調査票を送付、約600施設から回答を得ている。調査結果の概要の一部は以下の通り。
質問項目1 タトゥーを入れている人に対する対応は?
・「入浴をお断りしている」と回答した施設(約56%)
・「入浴を認めている」と回答した施設(約31%)
・「シールなどで隠すなどの条件付きで許可している」と回答した施設(約13%)
質問項目2 タトゥーを入れた人の入浴をお断りする理由は?
・「風紀、衛生面により自主的に判断している」(約59%)
・「業界、地元事業者の間でのルールによるもの」(約13%)
・「警察や自治体などの要請・指導によるもの」(約9%)
調査結果を見て驚くのが、入浴を拒否している施設の数。入浴拒否の理由として回答の割合が多かったのが「風紀、衛生面により自主的に判断している」(約59%)。風紀・衛星面上良くない、とするのであれば、やはり「タトゥー=悪」とする扱いが色濃く日本には未だ残っていることになる。
冒頭で述べたように、日本の古き慣習として犯罪者に入れ墨を入れる風習があった。これもこの調査で過半数以上の回答にあった「風紀的に良くない」ことのイメージに直接的につながっている一因だろう。
もう一点、大きな因果として考えうる理由が、これも日本の古き慣習で「反社会的勢力に所属する構成員が組織への忠誠心を示すために刺青を入れる」という慣わしがあるということである。これらが「タトゥー=悪」というイメージを形成し、多くの入浴施設では利用者の安全を確保するために身体にタトゥーを持つ人の入場を規制するようになっていった経緯をもつ。「業界、地元事業者の間でのルールによるもの」(約13%)、「警察や自治体などの要請・指導によるもの」(約9%)といった回答も、同様の理由によるものと考えられる。
質問1の回答結果をご覧いただくとお分かりいただけるが、日本ではおよそ半数以上の施設がタトゥーを理由に入場を禁止していることになる。このままでは、タトゥーをしている訪日外国人旅行者が温泉を楽しめないばかりか、これからインバウンドにより力を入れていこうとする日本にとって大きな損失に繋がりかねない。そこで、観光庁はタトゥーを持つ外国人旅行者の入浴に関する留意点や対応事例をとりまとめ、これを基に各施設に対応改善を促している。観光庁が入浴施設に対して発信している情報が以下である。
観光庁が日本の入浴施設に促している改善案:
・宗教、文化、ファッション等の様々な理由で入れ墨をしている場合があることに留意する。
・利用者相互間の理解を深める必要があることに留意する。
・入れ墨があることで衛生上の支障が生じるものではないことに留意する。
入浴に関する対応事例
(1)一定の対応を求める方法
・シールなどでタトゥーの部分を覆い、他の入浴者から見えないようにする(衛生的な入浴着などを着用する方法も考えられる)。
・タトゥーのサイズが小さく(例えば、手のひらサイズ)、他の入浴者に威圧感を与えない場合は特別な対応を求めない。
(2)入浴する時間帯を工夫する方法
・家族連れの入浴が少ない時間帯への入浴を促すようにする。
(3)貸切風呂などを案内する方法
・複数の風呂がある場合、浴場を仕分けてご案内する。
・貸切風呂がある施設では、貸切風呂の利用をご案内する。
・宿泊施設の場合、専用風呂のある客室などをご案内する。
日本のタトゥーの実情:"いやな視線は感じない" けど、"施設利用で困ることがある" が本音
実際に自身の身体にタトゥーを持ち日本で生活する外国人はどのような経験をしているのだろうか―。今回、本記事製作にさしあたり、タトゥーを持つ日本在住の外国人女性に対して、入浴施設での実体験、一般の日本人の実際の反応、日本社会の実情と、タトゥーと日本との実際など、彼女が日本でタトゥーとともに暮らす上で起きたさまざまなことを伺った。日本人の筆者自身も、身体にいくつかタトゥーを持つが、外国人の彼女が経験したことを日本人の私はほとんど体験したことがなく、非常に興味深いお話を聞くことができた。ぜひ日本のタトゥー事情の実態を掴むヒントにしていただきたい。
――日本の街を歩いていて、何か日本人の人から視線を感じたりしたたことってありますか。個人的には、今まで日本に来た海外の友達で「タトゥーを公衆の面前で出すこと自体があまりよくないこと」って思っていた人に何人も出会っているのですが、何か訪日外国人に向けて日本とタトゥーについて知っておいてほしいことがあったら教えてください。例えば、絆創膏は常備しておくべきとか、そういうことでもOKです。
「タトゥーを見せることに関しては、特に深く考えたことはなくて、むしろ "日本人がそういうところに目が行くかも"、"いやな思いをするかも"、なんてそんなこと気にもしたことなかったかもしれません。もちろん、私の母国のドイツと比べれば、日本の方が "人に見られているな" と言う感じはするのですが、少なくとも嫌な感じでみられているとか、そんな風には思わないかな。ただ単に、興味本位で見ていると言う感じなだけな気がしますが、きっとみんな物珍しさみたいなのもあって、前に日本人に彫りたてのタトゥーを触られたことがあるんだけど、彫ってすぐは触ると良くないんだよ、なんてその場じゃ言い出しにくかったね。」
「でも、やはり訪日外国人に対して知っておいてほしいことっていうのはあって、タトゥーが禁じられているところは温泉だけじゃない、ということかな。私が初めてタトゥーについて指摘を受けたのは、東京・池袋の豊島園を訪れたときのこと。タトゥーを公衆に出したまま入園は出来ない、って言われて8月で暑かったのに長袖を着なきゃいけなくなってしまって。不愉快だった。あとは、海でもだめで。たとえば、鎌倉とか湘南とか、神奈川県の方に行くと海岸がたくさんあるけど、もしも日本で海に行こうと思っているなら、特に東京周辺では、タトゥーを公衆に出したまま海水浴は難しいと覚悟しておいた方が良いと思います。プライベートビーチではなく不特定多数の人々が利用する海なんだけど、だからこそ、よく思わない人もいるらしくて、タトゥーと日本の海との関係性は良いとは言えないのが実情だと感じています。海でもどこでも、タトゥーを持つ人は、春や夏など比較的暖かい時期に来日するとしても、基本的に何か着脱可能な上着とかジャケットに、長ズボンは必須と思っていた方が安心かもしれません。」
――これまでにタトゥーに関して日本で困ったことはありますか。
「先ほど述べたような、いわゆる公共施設みたいなところを除けば、私が出会ってきた人たちって、大体タトゥーに対してこぞってポジティブなリアクションしかしてないんです。たとえば、初めて温泉に行ったときの話で (公衆浴場だと温泉でも指摘されちゃうかなと思ってこのときは個室の旅館を予約したのですが)、たまたま時間帯がかぶったりして、年配の女性3人組の方々と入浴することがあったんだけど、みなさんとっても親切で優しくて、私と友達が持つタトゥーを見るなり "かっこいいわね" ってすっごく褒めてくれたの。何なら、そのおばあさんたちは "何でタトゥーが日本で未だに認めてられていないんだろうね"、なんて不思議がっていたぐらいで、嬉しかったし、びっくりでした。
私が接してきた日本人って、誰もがタトゥーに対しての造詣・理解が深かったから、日本の多くのところで未だにタトゥーが悪しきものとされているのが悔しい。私個人の経験から言えば、ほとんどの日本人はタトゥーが入ってようが入ってまいが、態度を変えることもないし、気にもしてない、何なら興味深いリアクションをしてくれる印象です。」
――多くの旅行者が日本に来たら温泉に浸かりたい (プールに行きたい) と思っていると思うのですが、温泉では未だに昔日本にあった「犯罪者に入れ墨を入れる」という風習の因果か、タトゥー=悪しきもの、という方程式があって、ほとんどの施設がタトゥーを持つ人の入館を禁止している現状があります。これについて、訪日外国人の方にアドバイスがあればお願いします。個人的には腕にいくつかタトゥーがあって、温泉施設に何度も足を運んでいるけど、何も言われたこともなければ、変な目で見られたこともありません。これが自分が日本人だからか、実はそんなに皆タトゥーに関してそんな気に掛けていないのか、は詳しいところは分かりませんが。
「前項でも少しお話させてもらったけど、これは温泉に限ったことじゃないと思います。温泉や銭湯の利用に関して言えば、小さなタトゥーしかない人なら、肌になじむ色のパッチとか湿布とかそれとないものを貼って隠せばどこでも基本は入れると思ってよいのではないでしょうか。でも、私が体験したことで一番気味が悪かったのは、ある温泉にいってタトゥーをシール等で隠して入ろうとしたときに、"タトゥーはそもそも入っていることが問題だから隠すことも悪しきことだよ" なんていわれたことがあって、そのときは入浴できずに帰るハメになってしまって。私が思うところでは、基本的に訪れる施設がどれだけタトゥーに対して厳しい目を持っているか、寛容な対応をしているか、施設次第で結構変わるという印象です。もしも温泉施設にタトゥー禁止なんて書かれていても、実は周りは全然気にしていなくて、思いがけず入れちゃうなんてこともあるだろうし、私みたいに全くタトゥーのない人からいわれもない指摘を受けて退館せざるを得ない例もどこにでも転がっているから。一番安全な例で言えば、温泉旅館で一夜を過ごすのが、タトゥーの入った人でも温泉を楽しめる一番よい方法だと思っています。私は海外から友達が私を訪ねてきたときに、いつも一緒に箱根に行くことにしているんだけど、箱根には手頃で良い旅館があって、そこには個室の温泉があって、時間も周囲も気にせずに温泉に浸かれるし、旅館という日本の伝統文化も楽しめるから言うことなしです。」
――とは言え、日本でタトゥーを容認する人は若い人たちを中心に近年増えている印象は強いと思います。日本の社会や日本人に対して、将来期待することってどんなことでしょうか。
「確かに私の周りの若い人たちも、街にいる若い世代の人たちも実際にタトゥーを入れている人って多いです。特に、そういう若年層には私は特に強い希望や信頼を抱いているかな。私個人の話をすれば、日本社会全体としては、タトゥー=犯罪者とか悪者って考えは、もう現代にはないと思っていて。私がさっき心優しい日本人女性たちの話をしたように、年配の人でも理解のある人って多くいますし。おそらくこれが本格的に理解をされるには時間が掛かるんだと思います。グローバル化を例にとっても、まだまだ時間の掛かることじゃないですか。日本に限らず、世界でもインターネット世代の理解って加速していて、推進力も強いから、この先、20年か30年後には、タトゥーに関する考え方は個々の問題になっていくと思っているから、少なくとも今のような、社会全体の問題、ってところからは脱却していると思う。少なくとも私はそう望んでいます。」
まとめ
タトゥーに関する社会体制こそまだまだ時間のかかりそうな部分はあるにしても、時代の流れとともに日本人のタトゥーに対する見方・考え方は、限りなくポジティブなものへと変化してきている。W杯やオリンピックを控え、外国人観光客が増え続ける中で、政府としても、さまざまな企業単位でも、インバウンド施策が急速に進む日本。いよいよ観光庁が施設に対しタトゥーに対する働きかけをするほど、どうにかして少しずつ変わろう、より開けた社会になろうとしている。
確かに、「文化」は「文化」として守られるべきものだろう、日本はそういう古き良き文化を今日も多く抱え、こうした歴史的事象を継承しながら新しい文化を発信・取り入れていくことが、日本という国の文化の素晴らしさで最も顕著な部分の一つであると思う。でも文化とは再定義できないものではない。日本も古い文化をたくさん塗り替えて、新しく良いものにして変化してきた国なのだから。元を辿れば鎖国で外国から人を招き入れることすら禁止していた社会なのだから、じゃあなぜタトゥーだけ今も禁じられて昔の言い伝えを信じたままなの?と問われれば、日本人の自分でも答えることは用意ではない。
訪日外国人のみなさんに改めてお伝えしたいのは、日本を訪れる際、タトゥーを入れているだけで不快感を覚えることは、対人関係に限ればほとんどないということ。そしてタトゥーを容認して受け入れてくれる入浴施設が年々増え続けている状況があるという事実だ。
人々の意識が徐々に変化していく状況とは裏腹に、「日本では一般に、日本の昔ながらの風習によりタトゥー=悪しきもの」という潜在意識が多くの場面で起こりうることを念頭に入れ、日本での旅を楽しんでいただきたい。
ライター:常川啓介
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