銀座と築地のいま

銀座と言えば、ショッピングの街だ。世界に名だたるハイブランドのショップが軒を連ね、上質な買い物ができる。夜になると最上級のおもてなしが魅力的な高級クラブのネオンが煌き、ワンランク上のお酒と空間を楽しむことができる。そのお隣である築地はというと、日本の台所だ。日本各地から新鮮な海の幸が届く。上物を手に入れようと「競り」と呼ばれるオークションが行われる。
起死回生を繰り返した銀座

今では日本でも有数の一等地として栄えているが、災害や戦争の影響で過去に6度も全焼。そのたびに、銀座を支えていた商人たちによって復興を遂げてきた。発祥は江戸時代にさかのぼり、当時の正式名称は「新両替町」であった。江戸時代には呉服屋で賑わい、能の役者が数多く住んだ。明治時代に入ると正式名称が銀座に変わった。
ハイカラの象徴、「銀ぶら」と「モガ」

「銀座」は明治時代から大正時代にかけて、洗練された都会として人々の憧れの対象となった。その現象をよく示す言葉が「銀ぶら」と「モボ・モガ」である。銀ぶらとは、「銀座をぶらぶらする」の意味。西洋の最先端商品が並ぶショーウィンドーを眺め、百貨店でお買い物、文化人が憩うカフェでお茶……ハイカラな気分を楽しむことが、当時の若者の間ではおしゃれであった。またアール・デコの影響を受けたファッションを身にまとう「モボ(モダン・ボーイ)」「モガ(モダン・ガール)」たちも銀ぶらを楽しんだ。モダンな感性を持った若者たちが銀座に集まることで、銀座はより洗練された街として発展していった。
漁師が守り続けた土地、築地

築地市場は、江戸時代に、本来海であった場所を近所の漁師たちが埋め立てた土地である。後に、当時の将軍が漁師たちに幕府に納めた残りの魚を「日本橋」で売るように命じる。これが「魚河岸」の始まりである。江戸末期は西洋風に彩られた外国人居留地としても栄えた。1923年の関東大震災で日本橋の魚河岸が全焼すると、築地の「東京都中央卸売市場」へと移転した。現在では、食に関する様々な卸問屋が出店し、市場の規模は増々拡大している。
銀座と築地を歩く

銀座と築地は徒歩でも移動できる距離だ。「銀座4丁目交差点」から「歌舞伎座」方面へ晴海通りを直進すれば、おおよそ10~15分ほどで築地に到着する。オフィス街を抜けると、徐々に魚河岸の雰囲気に変わる。散歩代わりに街並みを歩いてみるのもおすすめだ。
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