
浅草に「宿六 (やどろく)」というおにぎり専門店がある。専門店としては東京でもっとも古く、白米が高級品で「銀シャリ」といわれた昭和29年に創業、今も一日に数百個が売れるという。また、浅草寺裏という場所柄、外国からのお客さんが増えているようだ。今回は、三代目のご主人となる三浦洋介さんに、外国人に一番人気のおにぎりから、苦手とされる具材まで、世界の反応を聞いてみた。
外国人はアニメでおにぎりを知っている!?

宿六のおにぎりは、こんぶや塩辛、葉唐辛子の270円(税込)から、いくらの680円(税込)など18種類。現在。三浦さんの祖母が店を始めて、現在は二代目の母親が夜に、三代目の三浦さんがお昼の時間にお店に立つ。店内は4人掛けの3つのテーブル席と、カウンターに8席。ランチセットもあるお昼の時間には満席になり、席待ちが行列を作ることもある。

「創業当初からずっとおにぎり専門店です。もとは夜しかやっていなかったのですが、8年前に自分が立つようになってから、昼も開けるようになりました。すると観光客が来るようになったんです。それまで1年に2組くらいしか来なかった外国のお客さんが、毎日1~2組は来るようになりましたね」
観光スポットの裏にある地味な構えのお店を外国人が訪れるのは、お店の公式サイトに英語版を用意したこと、英語版ロンリープラネット(ガイドブック)に出たこと、実際に訪れた人がSNSでアップして拡散、地元の無料冊子を見てなど、さまざまな理由から。
「アニメの影響とかもあって、みんなおにぎりは知っていますね。『ポケットモンスター』や『NARUTO-ナルト-』で、主人公が食べている白と黒の食べ物っていう認識があるみたいで。そういうのはフランスや台湾のお客さんが多いかな。台湾のお客さんで仲よくなった方がいて、その方がブログで書いてくれたりして、その影響も大きいみたいです。欧米人はアメリカよりヨーロッパ系が多くてイタリアやフランス、あとオーストラリアの方もよくいらっしゃいますね」
赤い具が大人気、白い具には興味なし!?

外国の人たちが選ぶのはどんなおにぎり?
「中身がよくわからないからとみんな見た目で選ぶんです。どうやら赤いのが好きみたいで、紅生姜が一番人気。『赤いし、ジンジャーだし』って。あとはいくら、サーモン(鮭)ですね。英語メニューは用意しているんですが、味が想像つかない具はありますよね。もし聞かれたら、私はあみと生姜味噌をお勧めします。アジアは生姜味噌がいける。ヨーロッパ系なら、あみとしらすかな。すっぱいものは苦手みたいですね」

逆に絶対選ばない具は?
「赤の逆で、しらすとか粕漬けといった白い色の具は人気ないですね。白い食べ物があちらにあまりないからかもしれない。すっぱいのが苦手といっても、梅干を好きな外国の人もいますよ」
宿六流おいしいおにぎりの定義

宿六のおにぎりは、注文が入ってからにぎるため、ごはんは温かく、のりはごはんから大きくはみ出している。かぶりつくと、のりは容易に噛み切れ、ごはんがほどけるように口に入ってくる。はみ出したのりは、パリパリッとした食感も楽しい。
「一口めはごはんだけ、具は二口めに来てほしいんです」
おにぎりの山のほうから食べると、なるほど一口めはごはんのみ。二口めに鮭のほぐし身がたっぷり、一口では食べきらないくらい現れた。三浦さんの考える、おいしいおにぎりとは?
「一番だめなのは、すべてにおいてケチなこと。すしと一緒で素材選びに尽きます。いいごはんをおいしく炊き、おいしい具を選び、おいしいのりで巻く。形なんて何でもよくて、味は好みだから自分が旨いと思えればいい。三角にうまくにぎれなかったら、こんなふうにまな板に置いて、形を作ってからにぎるとうまくできます」


ごはん・具・のりの旨いバランスを探す
「自分が旨いと思えればいい」という言葉は、一見突き放しているようだが、聞けば聞くほどおにぎりに対する三浦さんのこだわりが出てくる。
「小さいころから、ばあちゃんがにぎったおにぎりを食べていて、それが基準ですね。お店に立つようになって他のおにぎりの店をまわったりもしたけれど、うちが一番旨いと思います。普通にうちが一番旨い」
だから、よその料理店で修業するようなこともなかったそうだ。二代目の母親は「身内には何も言わない」そうだが、自分でおいしくないときは自分でわかるという。また、米の炊き方は自分で学び、「どちらかというと科学的に考えたいほうなので」炊飯器メーカーの人と情報交換などをして、おいしいごはんを今も追求しているそうだ。ちなみに宿六のごはんは選び抜いたこしひかりを羽釜で炊いている。

「自分が食べやすいと考えるおにぎりの大きさがあります。じつは母のおにぎりのほうが僕のより少し大きいんです。味もそうで、具とお米の分量は、具の味によってバランスが違ってくる。僕のおにぎりはごはんがだいたい70g、それに対して鮭は何gがベストなのかな、塩辛さではこれが適量だなと思いながら作っています。結局は個人のセンスによってしまうものだけど、絶対旨いバランスがある。常連のお客さんは、同じ具でも母と僕と味が違うと言いますね。紅生姜のおにぎりは、僕のほうがうまいらしい(笑)。チェーン店のおにぎりは、僕としてはお米が多すぎて具が少なすぎるんだよなあ」
おいしい具に出会ったらとにかく試す

現在、具としてメニューにあるものは、63年前に初代が考えたものがほとんど残っており、最近人気の玄米おにぎりがないのも、よく見かける具がこの店にないのにも理由がある。
「具はつねにいろいろ検討していて、食べて旨いなと思ったものは、一応全部買ってきて、おにぎりにして試します。今までにたくさん試していますが、レギュラー入りしたのはあみくらい。それ以外は創業当時のものです。よく考えたもんだな、と思いますね」
今までにどんな具を試したのだろう。
「辛子レンコンとか、うまいなぁと思って買ってきたのに、おにぎりにしたら合わなくて。明太子もそれだけで食べる分には好きなんですが、おにぎりにすると自分としてはおいしくない。味にトゲがあって、それがのりと合わないと思う。ちりめん山椒とかも、100g2000円もするものを『どうだ!』っておにぎりに入れたら、ダメだった。ごはんとならおいしいのに、のりがそこでダメなんです。やっぱりごはん、具、のりの3つのバランスですね」
巷の健康ブームで、玄米おにぎりなどもよく見かけるが、三浦さんは反対派だ。
「玄米は自分的にはないですね。白米の表面をとぐことで削って、黄色い部分をなくす。こだわりをもって炊く。それらすべてによってごはんがおいしくなり、さあどうぞと出せるものができる」

バランスを整えたら、次はにぎり方のコツがあるのでは?
「たぶんすし屋に同じことは聞かないですよね?それと一緒ですね。もちろんある程度テクニックは必要で、バイトがにぎってもすぐに旨いおにぎりはできない。ネタ、ごはん、成形と、普通に考えてすし職人と同じなんですけど、おにぎりのほうが格下に見られているんですよね」
あまりに身近な食べ物ゆえ、うっかり聞いてしまったが、すしとの差に理不尽さを感じるのは専門店として当然かもしれない。素材にこだわり、三浦さんが旨いと思うバランスで、旨いと思うにぎり方でにぎっているわけで、それはすぐに真似できるものではないのだ。
昼は観光客中心だが、夜は地元の人が飲みの〆としておにぎりを食べていくという。夜はお酒も出すが、おにぎり専門店のため一杯のみ。店内に掲げられた額縁は「じいちゃんへのあてつけをばあちゃんの友だちが書いた」ものだそうで、ユーモラスな内容に和む。ちなみに宿六とは“甲斐性なしの夫”という意味がある。

おにぎりの歴史は、弥生時代にさかのぼる。戦国時代は兵糧として重宝され、明治時代は給食になった。誕生から2000年以上たった今も、スーパーやコンビニではバリエーションの豊かなおにぎりが並び、老若男女に愛されている。最近は、おにぎりを日本のソウルフードだと盛り上げる流れもあるが、いずれにせよ、日本の日常生活には欠かせない食べ物のひとつ。自分の一番旨いと思う黄金バランスとにぎり方を探りながら、ひとつ作ってみるのも面白いのではないだろうか。
■浅香来
ライター、編集者として活動。

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おにぎり浅草宿六
- 住所 3-9-10, Asakusa, Taito-ku, Tokyo, 111-0032, Japan
- 電話 03-3874-1615
営業時間
11:30-17:00、18:00-02:00
(ただしご飯がなくなり次第終了)
定休日
昼の部:日曜日 夜の部:水曜日
席数
カウンター8席 テーブル2卓8席
全席禁煙
※価格やメニュー内容は変更になる場合があります。
※特記以外すべて税込み価格です。
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