HOME 新宿 トマトとノートパソコンと思い込み。「暗闇ご飯」の住職と出会う
トマトとノートパソコンと思い込み。「暗闇ご飯」の住職と出会う

トマトとノートパソコンと思い込み。「暗闇ご飯」の住職と出会う

Update:

浅草。一般によく見るような建物の前に立ち、緑泉寺という看板を目にした時、東京でもっとも素晴らしいお坊さんのひとりに会えるとは、思ってもいなかった。釣鐘をかたどったような窓枠が特徴の建物は、確かに宗教的ではあった。しかし、本当にここが、あの暗闇ご飯を毎月開催している場所なのか?と、どこか懐疑的な想いもあった。暗闇ご飯とは、薄暗い部屋の中で、食事をするイベントだ。似たコンセプトのレストランは世界中にある。しかし、ここの暗闇ご飯の真髄は全く異なるということを、私は後から知ることとなるのだ。

古き佳き信仰と現代技術の出会い

古き佳き信仰と現代技術の出会い

建物から出てきたのは、典型的な日本のお坊さん。頭をきれいに剃った男性で、草履と濃紺の作務衣(さむえ)をまとっていた。私と目が合うと、周りをぱっと明るくするような満面の笑みを向けてくれた。自然と私も、負けないくらいの笑顔に。
「おはようございます!どうぞ、お入りください!」と、そのお坊さんは仏壇が置かれた部屋に通してくれた。お寺の中は、外観同様に近代的で、畳の心地よい香りにあふれていた。
4つの座布団が並べられたテーブルには…マックブック。ハイテクのマックブックと、伝統的な宗教の空気に満ちた空間…。マックブックを使うお坊さん…。21世紀へようこそ!

お坊さん兼シェフ兼一人の人間として

お坊さん兼シェフ兼一人の人間として

実はこのお坊さんこそが、暗闇ご飯の主催者であり同寺の住職だった。私は背筋を正し、目の前に座らせていただくと、青江覚峰氏は正座をする私を見てすぐに、足を崩してよいと言ってくれた。この温かい歓迎ぶりに、私はすぐにリラックスすることができた。さらに青江氏は、アメリカで数年、学生時代を過ごし、働いた経験もあることから、私達の会話は終始、英語でなされた。暗闇ご飯も年に2回は英語で開催されるという。

食べる時は食べるだけ。他は何もしない

食べる時は食べるだけ。他は何もしない

暗闇ご飯を始めた理由は何か?そんな簡単な質問からインタビューを始めた。それに対し、「忙しい日々を送る私たちですが、あなたは朝ごはんをどこで食べていますか?」という質問が返ってきた。「会社で、スマホでニュースを見ながら。」と口にするとすぐに、私はこの会話の行方が見え、罪悪感さえ覚えた。
「仏教僧は常に、食べている間は食べることに集中します。他には何もしません。」と語り始め、現代において人々は、食事をしているときに、いかに仕事についてばかり考えているかを説明してくれた。もし食事中に視界を奪われたら、食べ物以外に集中しようなんて思わない。むしろ食べ物のみに集中しないと、食べること自体ができなくなる。「暗闇ご飯のイベントでは、気を散らすもの全てを排除しています。食事は食事に集中する場所なのです。」と氏は語った。

トマトへの思い込みをしている自分発見

トマトへの思い込みをしている自分発見

世界中に暗闇レストランはあるけれど、ここでの暗闇ご飯が特別なのはなぜだろうか。そしてなぜ仏教が関連してくるのだろうか。この問いに対し、青江氏はマックブックを立ち上げ、パワーポイントを開いて答えてくれた。暗闇ご飯では氏が全て料理するとのことだが、その料理のひとつを画面に映し出した。バニラプリンのようなものに半透明のオレンジソースとおぼしきものが添えてある料理。「これは何だと思いますか?」とそのソースの部分を指して、氏は私に質問を投げかけた。
「恐らく、オレンジでしょうか?」その答えを待っていたかのように青江氏は明るく微笑みながら、正解を口にした。「トマトです。」なんと!?この半透明のソースがトマト?まぶしい赤色やどろっとした濃い果肉が特徴のトマトソースの影は、そこにはなかった。この質問に対する解答の正解率は60%程度だとか。しかし暗闇ご飯のイベントで実際に味わった人々の正解率は、98%にまで上がるのだそう。

食べ物を通して「解」を見つけること

食べ物を通して「解」を見つけること

ここでのトマトは何を表しているのか?そう、人間の偏見と思い込みだ。「人は、偏見を持っていると、正しい答えに行き着くことはできない。」と青江氏は語った。なるほど。非常に抽象的で、分かりづらいと思っていた仏教の教え。そのひとつが、一気に明るみになった瞬間だった。
ではなぜ、その教えを「食べる」という行為を取り上げて、人々に伝えようとしたのか?「食べることは、毎日行うことだから。」と青江氏。食べるという行為は、日々の忙しい生活から小さな憩いのひとときへと、自分の精神を繋ぐ「橋」である。暗闇ご飯のイベントでの気づきを、日常生活で食事する度に思い出して欲しいからと、青江氏は続けた。「食べ物にはメッセージがあります。皆さんが日々のストレスや仕事を忘れて、本当の答えを感じて欲しいと願っています。」

暗闇で見つけた友達

暗闇で見つけた友達

暗闇ご飯のイベントでは、この興味深い食事体験や精神の平安の場を与えているだけではない。イベント会場であるお寺は予め暗くしてある。そのため参加者は緊張していることが多い。そこで氏が提案するのが、暗闇の中でのじゃんけんだ。お向かいに座る他の参加者と二人でじゃんけんをする。しかし、暗闇なのでどちらが勝ったかは分からない。そこで、互いの手を重ねて、相手がぐー、ちょき、ぱーの何を出したかを確認するのだ。暗闇で友達を探すような行為。こうして暗闇の中で、世界が広がるのだという。
最初はこんな風に楽しく始まるが、最後は興味深い体験だったと思えるようになる。氏は、何も決め付けず、参加者には何かを感じてもらえればよいという。暗闇ご飯では、料理の味を何も感じなかったと言う参加者もあれば、いつもより味が濃く感じたと言う参加者もあるのだとか。

住職の道、そして私たちにできること

住職の道、そして私たちにできること

笑うこと。それはインタビュー通して、もっとも多かった青江氏の行為。氏の話は面白いだけでなく、こちらをリラックスさせる力をも持っていた。そのためインタビューの内容は次第に、氏のプライベートな話へと移っていった。意外にも彼は、若いときは寺を継ぐことは全く考えておらず、アメリカに留学した経験さえある。
しかし、在米中、あの911が起こった。この事件により多くの人々の人生が大きく変わったことは言うまでもないが、氏の人生においても、例外ではなかった。「自分には何もできないことを、はっきりと認識させられた」事件だったと言う。氏はすぐに日本に帰り、仏教の道に入った。後に起こった東日本大震災では、すぐに現地を訪れ東北の人々のために料理をした。「微力ながら、自分は何かできた。」と思えた事柄だったそうだ。

次回の学びは暗闇ご飯で

次回の学びは暗闇ご飯で

青江氏と1時間ほど話した後、私はすでに多くのことを学んだ気分になっていた。少なくとも、新しい観点を得たといえる。まず、もちろん、仏教への思い込みや偏見がなくなった。次に、次回の暗闇ご飯に参加したい気持ちが高まった。インタビューの最後に、日本人以外の人々へのアドバイスやメッセージがあったら教えて欲しいと氏にうかがった。すると、やはり彼は満面の笑みで答えた。「エンジョイ!」

Written by:

Pamela Drobig

ドイツ・ベルリンの大学で日本学科を卒業し、2014年から再び日本で暮らしはじめました。日英翻訳をはじめ、日本の歴史、民俗、現代文化、社会問題などに関心があります。

※記事掲載時の情報です。

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