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銀座・築地のいまむかし

銀座・築地のいまむかし

Update:

銀座と築地エリアは、東京へ訪れたら必ず行きたいエリアだ。ファッションや食を中心に一歩先を行く銀座と、日本のあらゆる食材が集まる築地の歴史や名所を紹介しよう。

銀座と築地のいま

銀座と築地のいま

銀座と言えば、ショッピングの街だ。世界に名だたる有名ハイブランド店が軒を連ね、上質な買い物ができる。夜になると最上級のおもてなしが魅力的な高級クラブが輝きだし、ワンランク上のお酒と空間を楽しむことができる。そのお隣である築地はというと、日本の台所だ。日本各地から新鮮な海の幸が届く。上物を手に入れようと、「競り」と呼ばれるオークションが行われる。その「築地中央卸売市場」は、2016年11月に豊洲に移転。

起死回生を繰り返した銀座

起死回生を繰り返した銀座

今では日本でも有数の一等地として栄えているが、災害や戦争の影響で過去に6度も全焼。そのたびに、銀座を支えていた商人たちによって復興を遂げてきた。発祥は江戸時代にさかのぼり、当時の正式名称は「新両替町」であった。江戸時代には呉服屋で賑わい、能の役者が数多く住んだ。明治時代に入ると正式名称が銀座に変わった。

ハイカラの象徴、「銀ぶら」と「モガ」

ハイカラの象徴、「銀ぶら」と「モガ」

「銀座」は明治時代から大正時代にかけて、洗練された都会として人々の憧れの対象となった。その現象をよく示す言葉が「銀ぶら」と「モボ・モガ」である。銀ぶらとは、「銀座をぶらぶらする」の意味。西洋の最先端商品が並ぶショーウィンドーを眺め、百貨店を歩き回り、文化人が憩うカフェでお茶……ハイカラな気分を楽しむことが、当時の若者の間ではおしゃれであった。またアール・デコの影響を受けたファッションを身にまとう「モボ(モダン・ボーイ)」「モガ(モダン・ガール)」たちも銀ぶらを楽しんだ。モダンな感性を持った若者たちが銀座に集まることで、銀座もより洗練された街として発展していった。

漁師が守り続けた土地、築地

漁師が守り続けた土地、築地

築地市場は、江戸時代に、本来海であった場所を埋め立てた土地である。埋め立てを行ったのは、近所の漁師たちだ。後に、当時の将軍が漁師たちに幕府に納めた残りの魚を「日本橋」で売るように命じる。これが「魚河岸」の始まりである。江戸末期は西洋風に彩られた外国人居留地としても栄えた。1923年の関東大震災で日本橋の魚河岸が全焼。現在の築地へと移転され、「東京都中央卸売市場築地本場」が開業した。現在では、食に関する様々な卸問屋が出店し、市場の規模は増々拡大している。

銀座と築地を歩く

銀座と築地を歩く

銀座と築地は徒歩でも問題なく移動できる距離だ。「銀座4丁目交差点」から「歌舞伎座」方面へ晴海通りを直進すれば、おおよそ10~15分ほどで築地に到着する。オフィス街を抜けると、徐々に魚河岸の雰囲気に変わる。散歩代わりに街並みを歩いてみるのもおすすめだ。

※記事掲載時の情報です。

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