全部知ってる?実は「日本生まれ」の日本人が大好きな定番グルメまとめ【魚料理編】

全部知ってる?実は「日本生まれ」の日本人が大好きな定番グルメまとめ【魚料理編】

Update: 2017/06/23

2013年、「和食」が自然を尊ぶ日本の伝統的な食文化としてユネスコの無形文化遺産に登録されました。この和食を支えてきたのは、何を隠そう魚介類です。

日本人は昔から、鮮魚・乾物・発酵物とあらゆる形で魚介を調理し、その美味しさを貴んできました。そして海外から新しい調理法が入ってくるようになると、この文化はさらに広がりをみせました。日本と海外を融合したオリジナルの魚介料理を生み出すようになったのです。

そこで今回は、海外ルーツの魚介料理をピックアップしました!誰もが愛して止まない日本×海外魚介料理の意外な誕生秘話にビックリするかも!?

「かにクリームコロッケ」は天皇の料理番の店で考案!

「かにクリームコロッケ」は天皇の料理番の店で考案!

「コロッケ」は、「クロケット」というフランスの料理が由来とされています。ホワイトソースがベースだったクロケットの中身を、日本人の好みに合うじゃがいもに作り変えたのがそのルーツだそうです。

しかし、日本でもクロケットは「クリームコロッケ」として、じゃがいもコロッケとはまた違うベクトルで独自の進化を遂げてきました。その代表格と言えるのが海の幸であるかにをクリームに混ぜ込んだ「かにクリームコロッケ」。

発祥地は、ドラマで一躍有名となった天皇の料理番こと秋山徳蔵氏が3代目料理長を勤めた創業から約130年を迎える洋食店「東洋軒」です。誕生時期は不明ですが、まだ本店が東京にあった時代からメニューにあったといわれているので、三重県津市に移転した昭和30年より前であることは間違いありません。

濃厚なベシャメルソースにかにの深い味わいを加えて揚げられたかにクリームコロッケは、コロッケの歴史に新たな印を刻んだ一品と言えるでしょう。

「たらこスパゲッティ」はキャビアの代わりに誕生!?

「たらこスパゲッティ」はキャビアの代わりに誕生!?

和風パスタの代名詞ともいえる「たらこスパゲッティ」は、ほぐした生のたらこをバター・塩・こしょう・レモン汁と絡めて、刻み海苔を乗せたスパゲッティです。

発祥は1963年から1967年頃の東京都渋谷区にあるスパゲッティ専門店・「壁の穴」。当時、常連客だったNHK交響楽団ホルン奏者の千葉馨氏の「演奏旅行の土産のキャビアを使ったスパゲッティ」というオーダーをきっかけに、店主の成松孝安氏が考案しました。

キャビアを加えたスパゲッティは大変美味しいものでしたが、高級食材であるキャビアを日常的に店で出すことはできず、安価な代替品を探した結果として、たらこを用いて作られるようになったそう。上に振りかけられる海苔は、お茶漬けから着想を得たのだとか。

「日本人の味覚に合うスパゲッティ」を追求した「壁の穴」らしい一品として現在も大人気。海外では避けられることの多い魚卵を使った料理にも関わらず、最近では外国人旅行者からも総じて好評だそうです。

マリネのアレンジから生まれた「南蛮漬け」

マリネのアレンジから生まれた「南蛮漬け」

日本×海外の魚介料理の中でも、もっとも歴史の古い料理は、「南蛮漬け」ではないかといわれています。

江戸時代、ポルトガルやオランダと貿易が始まった際に、ネギ・トウガラシを香味づけに用いたり、油で揚げたりなど新しい手法をつかった料理にはすべて「南蛮」の名がつけられていました。ちょうどその頃に長崎に伝来した料理が、揚げた小魚をネギやタマネギを入れた酢とオイルに漬ける「マリネ」でした。

しかし、酢とオイルではなく醤油と酢で作った合わせ酢に漬ける方が日本人の好みに合ったようで、結果的にそれが南蛮漬けと呼ばれるようになったといいます。マリネと南蛮漬けは、似て非なるものなのです。

「エビフライ」は西洋料理店の人気から誕生!

「エビフライ」は西洋料理店の人気から誕生!

「エビフライ」といえば、洋食屋の代表的なフライメニューです。一年通して食べられることを考えれば、もっとも日本人に馴染みのある魚介フライ料理ではないでしょうか。

エビフライの発祥時期は日本各地に西洋料理店が一気に開店した明治20年代と言われています。この当時の西洋料理店で人気の高かったメニューは、イギリス料理の「フィッシュフライ」、いわゆる魚のフライでした。日本人はこれをエビで作ってみたら美味しいのでは?と考え、エビフライという料理を作り上げました。もともとエビは江戸時代からエビを天ぷらのタネとしてよく使われており、日本人はエビ=揚げると美味しいという観念をすでに持っていたのです。

つまり、エビフライの誕生は、この「天ぷらの具であるエビと、フィッシュフライの製法が結びついた結果」という説が一番有力だそうです。東京銀座の洋食屋「煉瓦亭」で生まれたという説もありますが、文献には残っておらず定かではありません。

いかがでしたか?やっぱり日本人は魚介が大好き。それだけにさまざまな創意工夫を凝らすことに尽力したのでしょう。日本人が、海外の融合にも積極的な懐の広い魚介料理を作り続けられた由縁は、魚介を愛する心にあったのかもしれません。

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もちづき千代子

もちづき千代子

1979年生まれの熟女ライター。日大芸術学部放送学科卒業後、映像技術者・メーカー広報・WEBサイト編集長を経て、2015年よりフリーとして活動を始める。好きな食べ物はプリン体を含む食べもの全般。卵の黄身だけは世の中で唯一食べられない。ツイッターは@kyan__tamaで探してみるべし。

※記事掲載時の情報です。

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